第245期 #7

動物園

 動物園の隅のほうで見たことのない動物がうずくまっていた。正確に言えばフードコートとトイレのちょうど間にある檻の中にその動物はいた。日陰になる部分で檻なのかゴミ捨て場なのかぱっと見ではわからないような場所であった。通りすぎる家族連れやカップルの誰もそれに気付いていないようだった。私はそういった家族連れの一人で、何もなければその檻に気付くことはなかったのだが、尿意をもよおした息子をトイレに連れていき、携帯を操作しながらフードコートの横の自動販売機でコーヒーを買うときに流れてきた獣の臭いでそれに気付いた。
 四肢はあり、毛むくじゃらだった。美容院で切り落とされた髪の毛を三日分集めればこれくらいになるのだろうかっと思わせるような黒い量の塊だった。寝転んでいるのだが、それが仰向けなのかうつ伏せなのかも、暗い檻のせいでよくわからなかったが、直感でその動物が眠っていないことは分かった。それに気づいたのか、動物は一瞬こちらに白い眼を向けようだった。トイレから戻った子供に手を引かれその場を去った先に「キリン・ライオン こちら」と書いてあり、私たちはそちらに走った。
 キリンは悠然と足を延ばして、コンクリートで固めた厩舎から出てきた。ライオンはメスもオスも眠っていた。サイも眠っていた。レッサーパンダは人気者で、とことこと通路を歩いて出てくるのが愛らしかった。アシカは餌を取り合って水の中にダイブした。持ってきた弁当を広げて食べ、フラミンゴを見て、コアラやカンガルー、トラ、チーターを見るともう夕暮れが近かった。
 私たちはたくさんの動物を見て満足だった。晩御飯はハンバーグがいいと、肉食獣のようなことを言う息子を肩車しながら漏斗の水のように帰路に就く人たちに混ざって出口に向かった。
「ああー、あれ、パパみたい」
 肩車した息子が指さす方向を見ると、忘れていたあの動物がいた。陽の角度が変わって檻の中には西日が差し込んでいて、そこには一匹の熊がいた。熊は朝見た時よりも陽を浴びて健康そうだった。それがうろうろと狭い檻の中を歩き回っていた。檻の前には少しの人だかりができていて、それが少し私を満足させた。ただ、神経質に歩き回る姿が自分に似ているのかと少しがっかりしたが、
「大きくてかっこいい」
 と息子が言ったのを聞いてうれしくなった。ガオーと息子を高く掲げると熊は一瞬止まってこちらを見た。



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