第241期 #5

畏怖太郎

 川を桃が流れている。
 それを取ろうとした老婆の手をすり抜け、海まで流れていく。
 流れ着いた島で、熟れた桃から赤子が顔を出す。赤子は岩につかまり立ち、おぎゃあ、と泣いた。一部始終を見ていた娘がこらえきれず笑った。
 六尺を超える頭領の前でも赤ん坊は泣かず、畏怖太郎と名付けられた。
 連れてきた娘に育てられ、畏怖太郎は15で島の稼業に加わる。稼業は漁と、稀に海賊。

 ある商船から荷を奪うとき、狐目の男が頭領に会わせろと言った。
 会わせるか、会わせないか、畏怖太郎の前に選択肢が浮かぶ。
 会わせない、を選び、男を縛り上げて引き上げた。
 四日後、本土から武士が攻めてきた。女子供を逃がす途中、畏怖太郎は矢を受けて死んだ。

 狐目の男が頭領に会わせろと言った。
 会わせるか、会わせないか、畏怖太郎の前に選択肢が浮かぶ。
 会わせる、を選び、男を連れて引き上げた。
 男は近くの領主の使いだ。島と領主の協定が結ばれ、海賊稼業は領主の敵限定となり稼ぎも少し奪われた。しかし、本土との交流機会が生まれ、やがて稼業に焼き物も加わると島は栄えた。

 ある日、畏怖太郎は本土の砂浜で海亀を虐めていた子供を叩きのめした娘と出会った。亀を食べようとする娘に畏怖太郎は交易品の甕を渡しやめさせた。島で亀は神使であった。それが縁で、畏怖太郎はその娘と夫婦となり、間に五人の子を儲けた。
 畏怖太郎が頭領になった頃、島に病が流行った。島民の三分の一が死に、最後に畏怖太郎の妻が死んだ。
 畏怖太郎は泣かず、だがその晩自死した。

 時折、畏怖太郎の前には選択肢が浮かぶ。
 そして死ぬとその前の選択肢に戻る。
 畏怖太郎は巻き戻り、流れ着いた行き倒れを隔離して島から病を切り離した。
 妻は病で死ななかったが、同じ日に火事が出て、娘をかばって死んだ。畏怖太郎は巻き戻した。しかし次も妻は同じ日に死んだ。
 巻き戻す。死ぬ。巻き戻す。死ぬ。巻き戻る時間が長くなる。

 畏怖太郎の目の前に選択肢が浮かぶ。
 畏怖太郎は浜に手をつき、むせび泣いた。
 畏怖太郎が頭を垂れたその先で娘が海亀を虐める子供を叩きのめしていた。

 やがて近くで声がした。
「なんじゃ、情けねえ」
 溌剌とした声だった。
「うめーもん、食べさせちゃるけぇついてーで」
 お前らもじゃ!と子供らも呼ばう。
「……声のでけー女じゃ」
「なんじゃ、コラ。泣かすぞ」
 畏怖太郎は泣きながら笑い、そしてまた立ち上がる。



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