第240期 #13
電報が届いた。
「祝20年、おめでとうございます」
心当たりのない電報だった。
私は商売人じゃないし、定年を迎えたばかりの退職者でもない。
それなのに、さっき私の家に祝電が届いた。
家のローンは終わっている。長く続く趣味もない。
一体、なんの祝いだろう。
電報を広げ、居間で首を傾げていると、細君がやってきた。「どうしたの?」と声をかけるので、私は持っていた電報を細君に見せた。
「いま、これが届いたんだ」
「これって……祝電じゃないの?」
「おそらく。でも、もらう心当たりがない」
「そうなの?」
「君の方に、心当たりは?」
「うーん。思いつかないわねぇ」
細君はおっとりした口調で答えた。
「送り先を間違えたんだろうか?」
「そうかもしれないわね」
「困ったな。送り返すべきだろうか?」
私がそういうと、細君は少し驚いたようすで聞き返してきた。
「送り返す? どこに? 心当たりないんでしょう?」
「そりゃあ、届けにきたNTTに決まってるじゃないか」
「祝電、受け取りましたけど、やっぱり返しますって、返すの?」
「まあ、そうだな……」
いいながら、あまり格好のいい話じゃないなと、私は思った。
そして、細君もそう思ったにちがいない。
「もらっておいたら」
びっくりするような提案をしてきた。
「なんだって!?」
「返さないでもらっておくの。あなたが本来お祝いされる人の代わりに、お祝いされたらいいのよ。祝電もあなたを祝おうとして、ここに来たんだから、それでいいんじゃない?」
さすがは細君。細かなことにこだわらない肚の据わった発言である。
そして、肚の据わった発言はさらに続いた。
「私たちがお祝いすれば、本人がお祝いしなくても、きっと、それでプラマイゼロよ」
わかるような、わからないような理屈だが、私は細君のそういうところが好きなので、その提案を受け入れた。
鯛を買い、赤飯を炊いて、私たちは20年をお祝いした。
たくさんのご馳走を作り、細君と二人で祝いの酒を呑んだ。
「おめでとうございます」
「いや、めでたい、めでたい」
おそらく誰かが言うはずだった祝いの言葉を述べ、気がつくと私たちは心の底から祝っていた。
いつ以来だろう。こんな祝い事をするのは。
私はごま塩をふりかけながら、ふと思った。
そういえば、長い間、祝い事から離れていた気がする。
私はしみじみと感じながら、届いた祝電に感謝し、そして、久しぶりに赤飯を食べた。