第235期 #9

子どもを買って育てる

「こいつ、噛みついたりはしないかな」
 俺は、子どもを買うのは初めてだったので、売人にいろいろと質問をした。
「別に、しっぽや角が生えてても普通の子どもと同じですし、おとなしいもんですよ」
 でもこいつ、俺のことをずっと睨んでいるんだが。
「ああ、睨むのはいつものことでして」

 俺は、値段が安かったのでその子どもを買い、首に繋がれた縄を引いて家に連れ帰った。
 家に着いて気づいたのだが、子どもは、俺が話かけてもウーとかアーとかしか言えない。
 これじゃあどうしようもないなと思って、急いで市場に戻ったのだが、すでに売人はどこにもいなかった。
「その子誰なの? すごくかわいいね!」
 声の主は、家の近所に住むメガネをかけた女性で、たまに道端で話したりする程度の人だ。
「ほら、わたしのことをまん丸い目でずっと見てるし、おまけに、かわいいしっぽや角まで……」
 彼女はずっと俺の家まで着いてきて、子どもを抱きしめたり、食事を作って食べさせたりした。

 いったん彼女は帰ったが、次の日も、そのまた次の日も家に来て子どもの世話をした。
 それで、いちいちドアを開けるのも面倒になった俺は、あるとき彼女に家の鍵を渡した。
「もういっそのこと、わたしたちが結婚したら鍵なんて必要ないと思うの」
 しばらくして突然、彼女からそう言われたときはさすがに驚いたが、彼女のことは嫌いじゃないし、別にいいかと思って俺たちは結婚した。

 その後、子どもが学校へ通い始めると、しっぽや角のせいでイジメられるようになった。
 相手の親に法的手段に出る用意があると脅したら、彼らは急に神妙な顔になって、案外上手く事が収まった。
「さすがパパね」
 彼女はそう褒めてくれたが、ただのハッタリだ。
「でも、あなたが子どもを守ろうとする姿に、わたしキュンとしたの」
 そんな無邪気な女性だったけれど、子どもが十四歳になったときに、彼女は交通事故で死んでしまった。

 彼女が死んだあと、子どもと二人きりでいると、まったく会話が続かなくて家に気まずい空気が漂った。
 そして二十四歳になった彼は、恋人を見つけて結婚し、俺の元から離れることになった。
「ママからは、たくさんの愛情をもらいました」
 彼は、結婚式のスピーチでそう言った。
「さらに、今、僕が人間としてここに立っていられるのは、あのときパパが、気まぐれにも僕を買ってくれたおかげで、嫌々ながらでも僕を育ててくれたおかげです」



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