第234期 #3

魔法使い

「すっごい可愛い子見たんだ〜」
居間で水の入ったコップを握りしめながら、飲み会でトイレに行ったときに出会った女性を思い浮かべる。
「素面の時に見たら、そうでもねーんじゃね?」
どんだけ飲んできたんだよこの酔っ払い、と大きな溜息をつき、テーブルに肘をついてタイガが言う。
「素面で見ても。可愛い子なの!!」
「なんでもいいから早く寝かせてよ」ミツキが欠伸を押し殺しながら呟いた。

「今日さ、学食で見たんだよ」
夕飯を囲みながら言った。
「誰を?」眉をひそめてタイガが問う。
「飲み会の時の可愛い子だよ」
「同じ大学だったなんて、運命じゃない?」急に嬉しそうに言うミツキに、タイガがつまらなさそうに言う。
「そんな子なら、もう誰かと付き合ってんじゃね?」
「なんで、タイガそんなこと言うの? ひがみ?」ブスッとするミツキを見る。一瞬間があって「なんでだよ」という俺とタイガのセリフが被った。

「おっぱい、おっきい?」
身を乗り出してミツキが聞いてくる。
「おっぱい?」
記憶になくて眉をひそめる俺に「小さいほうがいい?」とタイガが言う。
「おっきいほうが好きだけど……」
「ふ〜ん」気のない返事をするタイガに、ミツキが「タイガはレイタに彼女できるの面白くないの?」と不満そうに言う。
「ちげーよ。お前こそ、なんなんだよ」面倒くささ全開でタイガが言う。
「レイタがこのまま童貞で30歳になって、魔法使いになっちゃったら僕たちの頭の中見られちゃうじゃん。恥ずかしいよぉ」
「はぁ? 何言ってんだよ。お前、テレビ見すぎ」
「ていうか」タイガがニヤッとして俺の方を見る。「レイタ童貞だったんだ」
「お前らのせいな」大きな溜息付きで答える。
「自分が童貞なの、僕たちのせいにするの〜」
ニヤニヤするミツキに「そういうミツキだって……」と言おうとして、こいつはどっちも喪失していることを思い出して、また溜息が出た。

「あ」
学食のトイレの扉を開けたら、例の可愛い子が用を足していて、思わず声が出た。

「男だった……」
居間でテレビを見ていたふたりに報告する。
「例の可愛い子?」
「そう。トイレ入ったら、用足してた」
「それはまた、決定的だな」タイガが苦笑する。
「女顔の男って、なんなの?」溜息交じりに言う俺に、タイガが「本人のせいじゃないから」と宥める。
「レイタ魔法使いまでまっしぐらだね」ミツキがため息をつきながら言った。
いや、魔法使いになるまで、まだ10年ありますから……。



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