第230期 #1

次こそ死神

六月上旬、その日は久々の晴天で、雨雲を押し退けた太陽がアジサイの上の水滴を宝石に変えるような気持ちの良い日だった。下校する中学生の声はいつにも増して興奮気味である。この町のK中学校で中間試験の結果が返されたのが学生の熱気の理由だった。試験から解放されて早速遊びの約束を取り付ける学生、友人同士で点数を競い合った学生、静かに結果に歓喜する、あるいは嘆く学生。全ての青春の刹那を太陽が煌々と照らしている。

この時小関家では、兄の壮と弟の裕が一枚の紙を挟み静かな睨み合いを続けていた。部屋に張り詰めた幾千本の糸に触れまいとするように二人は静止している。裕の数学の解答用紙には赤点を大きく下回る十二点と記されていて、あろうことか今それは壮の手に渡っているのだ。兄弟の二段ベットはじとりと冷たい汗を流し、勉強机は固唾を飲みながらなじるような視線を向け、手垢まみれのゲーム機は居心地が悪そうに明後日の方向を見た。壮はイヒヒヒと気味悪く高笑い、紙を左右に揺らした。裕は鼻にしわを寄せ歯を食いしばる。壮は紙を揺らす一方で、さて弟の弱点を掴んだうえでどんなセリフを言えば邪悪になれるのかと思案していた。裕は、まだ何も言われていないのに大げさに膝を落とし絶望したような素振りをした。

この兄弟は今まで漫画で散々目にした、主人公を窮地に追い込む悪役の構図を自分たちで再現していることに内心喜び、堪能しているのだ。

何も起こらない睨み合いの後、壮が思いついたように「一時中断」と手の平を見せ宣言した。そして壮は両親の寝室から白いシーツを引きずり出して再び現れ、それを頭から被り体を包んだ。見た目を死神に近づけることを期待したのだろうが、眩しい西日が壮の背中を照らしているせいで、神々しい後光が射した神様にしか見えない。裕もそのことに気づきながら、今度は邪気に気圧されたかのように尻もちをついた。

兄弟の引くに引けなくなった睨み合いは「赤点は黙っておくから弟は兄の宿題を手伝う」ということで決着がついた。



壮は、期末試験まで宿題は裕に押し付けろくに勉強をせず、裕は一学年先の範囲の宿題を(ほとんどは模範解答の書き写しであったが)こなした。そうなれば二人の期末試験の結果は察するに苦しくないだろう。

七月下旬、期末試験の結果が返されたその日。小関家では、いそいそニタニタと白いシーツを引きずる裕の姿があった。



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