第228期 #4

白く続く空と

思い起こせばあれからもう5年の月日が経っていた。

出会いは大学のカフェテリアだった。
1階に入店しているコーヒーショップは満席で、そこに座っていた遙香が「空いてますよ」と声を掛けたのが始まりだった。遙香は振り返った敏也の端正な顔つきに一瞬ひるんだが、気を取り直してどうぞとその手を差し出し、敏也を隣の席に誘導した。
敏也は「ありがとうございます」と軽く会釈して遙香の横に座り、周りを見渡して「人が多いですね」と独り言のように呟いた。遙香はその横顔に、綺麗な男の子だなあ…と感心せずにいられなかった。
程なくして遙香は敏也が隣のクラスの生徒であることを知った。敏也の持っていたノートの表紙に学科の名前が書いてあったのだ。そういえば教室で女子が騒いでいたっけ。この人のことか…なるほどね。

アイスコーヒーを一杯飲むと敏也はすくっと立ち上がり、「ありがとうございました。どうしてもコーヒーが飲みたくなって…」と会釈をした。遙香も「いいえ、外も暑いし休憩は必要ですよ」と返した。敏也はにっこり笑顔を見せて「優しいですね。ありがとう」ともう一度会釈をしてコーヒーショップから出て行った。

綺麗な人は去り際まで綺麗だ。遙香はしばらくぼうっとなってしまった。

後日同じ授業で再会した二人は当然のように惹かれ合っていった。
「思い出をたくさん作ろう」

だが、遙香は手放しに喜べない自分にも気づいていた。

遙香は前の彼氏に暴力を振るわれていた。少しでも機嫌を損ねるとすぐに手が出た。遙香は付き合い始めの優しい彼が忘れられなくて、またどこかで変わってくれるはずだと信じていた。友人達からも別れた方がいいとキツく言われたがどうしても別れられずにいた。だが、平穏な日々は来るはずもなく、時間とともに痣だけが増えていった。

初めてその話を聞いた時、敏也は
「俺は遙香を傷つけないよ」と淀みない声で言った。
敏也の横顔はやはり綺麗だ。

あれから随分時が経った。

遠く続く白樺の並木を手を繋いでただ歩いていく。

幸せだな。
また誰かを好きになれるなんて思わなかった。敏也と出会ってから奇跡みたいな日々が続いていく。
十分に注意していないと私の小さな手からは幸せがこぼれ落ちそうだと思った。
「敏也、ありがとう」
遙香の目から一筋の涙が伝った。

「どうしたの?」

遙香は黙って首を振る。

「泣き虫だね」
敏也は愛おしむように笑い、遙香の手を強く握るとまたゆっくりと歩き出した。



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