第227期 #2

最高の死に場所を探しに

中学生の頃初めて「死にたい」と思って、そのときはそんなこと考える自分が悲しく怖かった。今は「死にたい」が当たり前になった。そんな日々も積もって、ついに溢れ出そうとしていた。

バルコニーから外を見ていると、突然目の前に長身の紳士が現れた。
「はじめまして。死神です。あなたの死にたいという声を聞いて来ました。」ああ、私はここで死ぬのか。ついに限界が来たんだ。ここから落ちればいいの?
「いえいえ、ここですると事故物件になって近所迷惑です。最高の死に場所を私と探しに参りましょう」

死神に手を引かれ、空を飛んだ。ビルの上では夜空がいつもよりずっと広く見えた。普段騒がしく苦しいだけの街でも、地上の光はここからなら静かで美しい。ここから落ちればいいの?
「いえいえ、ここからだと無関係の人の上に落ちて、危ないですから」

観光名所の岬。夜の海は不気味に揺れていた。一方、海は暗いから夜空は星が本当にきれいだ。このまま私も美しい星になれれば。
「いえいえ、よく考えると、溺死体は見た目も悪いし、処理が大変で警察に迷惑ですからやめておきましょう」

少し離れた森の中。段々朝が近いのか、空はやや明るくなってきた。朝の直前の森の匂いは土と水と緑で溢れて爽やかだ。足下には可愛い花が咲いている。こんな世界で自由に暮らせたなら、私はこんな気持ちにはなっていなかっただろう。
太い幹の大きな木。神聖なたたずまい。神様なんているなら私のような思いをする人は生まれない。そう思うのに、この木からは神々しいエネルギーを感じてしまう。死神が足を止めた。ここで首を吊るの?
「いえいえ、この木は地元の人たちが神様として大切にしている木です。汚す訳に は参りません」

気が付けば山の頂上に着いた。崖から見える東の空から太陽が昇り出した。この世界は美しい。涙が出てきた。いつも流す悲しい涙ではなくて、もっと心の奥から湧き出る、言葉にならない涙。
この崖から落ちれば、はるか下に叩きつけられて私は間違えなく終わる。だけど。死神は私の顔を見て微笑む。
「いえいえ、この美しい日の出スポットを愛する人たちはいっぱいいるんです。心霊スポットにする訳には参りません。」

「死神さん、最高の死に場所、なかなか見つかりませんね。次はどこに連れて行ってくれるんですか」
「そうですね。とっておきの候補がいくつかあります。もう少し探しましょうか」
私と死神の、美しい世界を巡る旅は続く。



Copyright © 2021 糸井翼 / 編集: 短編