第223期 #8

小学生はつらいよ

 大人なのに、小学校へ入学することになった。
 ランドセルについては、私の場合はリュックサックでも構わないということになった。
 しかしこの学校には制服が無いため、私の姿はどう見ても学校の職員か保護者にしか見えない。
「ねえ先生、あの子おしっこもらしちゃったよ」
 登校初日に、クラスの子がそう話かけてきた。
「私は、先生じゃないけど」
「でも、大人なんだから何とかしてよ」
 私は仕方なく、おしっこをもらした子を保健室へ連れて行って事情を説明した。
 そして雑巾とバケツをもらって教室に戻ると、濡れた床の後片付けをした。

 その後、学校生活は何とか順調に進んだが、給食の時間になると、嫌いな食べ物を私に持ってくる子が続出した。
「あたしは子どもだからピーマンが食べられないけど、あんたは大人なんだから大丈夫でしょ?」
「私はピーマンを食べられるけど、君のピーマンを食べたいとは思わない」
「でも、困っている人を助けるのが大人じゃないの? 知らんぷりするなんて、本当の大人じゃないわ」
 彼らは、大人なら何でもできて、正しいことをやるのが当たり前だと思っている。
「あんたはマトモな大人みたいだから、こうやって頼んでるのよ」
 いやいや、私はマトモな大人じゃないから、こうやって小学校なんかに入学させられる羽目になったわけなのだが……。

 あるとき、教室に一人残って日直の仕事をしていると、担任の教師に飲みに行かないかと誘われた。
 児童を酒に誘っても大丈夫なんですかと聞くと、担任は、大人だから大丈夫でしょと笑顔で答えた。
「あなたみたいな変な存在がクラスにいることは正直不安だったけど、いじめも起きていないみたいだし、案外上手くいってるのよね」
 居酒屋のカウンター席で、酎ハイを揺らしながら担任は言った。
「子どもたちの面倒も見てくれてるみたいだから、あなたには感謝してるのよ」
 担任はしばらくすると酔いつぶれてしまったので、結局、私が自宅まで送り届けることになった。
「ねえ、ちょっとだけ部屋に寄ってく?」
 アパートのドアの前で、担任は私に体を支えられながらそう呟いた。
「なんだか面倒なことになりそうなので、やめておきます」
 私はそう言って、自分の家に一人で帰った。

 次の日の朝、教室に入るとクラスの子がいきなり話しかけてきた。
「昨日の夜、あんたが先生のアパートに入ってくのを見たっていう人がいるんだけど、いったいどういうことなの?」



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