第222期 #10
一本の缶コーヒーを挟んで、僕らは川縁の堤防に座っていた。手が届きそうで届かない距離。僕らはいつもこの距離だ。
上京を決めた彼はいつもどおり何も変わることなく僕の隣で笑っていた。学校の先生がどうとか、クラスの女子がどうとか。尽きることのないいつもの会話に、このまま永遠の時が続くんじゃないかと錯覚する程だった。だが、僕らの別れは着実にそこまで来ていた。
「俺さ、居酒屋のアルバイトやってみたいんだよね。」
「いいじゃん。」
「バイト先の女の子と付き合ったりしちゃってさー。」
「そっちかよ!」
目の前に揺れる水面。光が乱反射して時折眩しく僕らを射す。茜空に吸い込まれた笑い声にふと寂しさが込み上げてきた。
「お前さ、たまにはこっちにも帰ってこいよな。」
「わかってるよ。帰った時は遊ぼうぜ。」
「本当かよ。」
「本当本当。あー!寂しがってる!」
「うるせぇな。」
「帰ってくるって。」
「にやにやすんな。」
これから先、変わっていく世界が彼にとって優しいものであればいい。
彼は一体何をどう選んでいくのだろうか。些細な選択を繰り返して僕らは今ここにいる。
その先の彼に「今」みたいな幸せな未来が待っていればいいと僕は願った。
「どうした?」
「どうもしてないよ。」
背中の向こうで信号待ちの車が発車する。止まっていたはずの時間が一気に動き出す。
遠ざかるエンジン音はいつまでも僕の耳の奥に残っていた。