第220期 #10

ふりだしへ戻る

 白くて細長い板がずっと先まで延びている。足下のそれを辿りながらただ真っ直ぐ歩いていけば、何も考えなくても行くべき場所へ進むことはわかっていた。だからただ歩いていた。前へ、前へ。上へ、上へ。
 けれども延びるばかりだったその細長い板が突如切断されていた。何の前触れもなくいきなり。一切の容赦なく。
 考えるということを始めなくてはならない。今までしたことがなかったそれをなんとか模索しなければならない。足下は揺れて覚束ない。驚くほど細いその板から落下することが急激に目の前の確かな未来のように感じ始める。なんとか踏みとどまるために身体を捻り捩りあちらとこちらをあちらへこちらへばらばらに動かしてバランスをとろうとする。ありえないほど不格好な踊りを強制的に踊らされ、考えるということをするための余白はほんの少しも自分のなかに残っていない。
 ここで落ちてしまってはいけない。もうずいぶん歩いてきてしまった。ずいぶん上まで来てしまった。一歩目からの高低差はもうまったくわからない。巻き戻される時間など我慢できない。一歩踏み外しただけで何ひとつ自分を支えるものがないまま落ちていくのだ。長い長い時間をかけてただ落ちて落ちて落ちていくのだ。
 ふらつく身体をなんとか板上に保持するために揺れる足下を小刻みに上下させる。つられて腕が勝手に動く。大きく大きく弧を描く。
 あちらとこちらがばらばらに動いてしまう。
 やがて胴体が回り始める。はじめは徐々に。それから少しずつはやく速く。足と腕とのまったく整合しない動きの合間でバランスがとれなくなったそれが捻れるのだ捩れるのだてんでばらばらにいつの間にか急回転している。
 考えるということをしないといけないということはわかっている。けれども好き勝手に動く身体の先で頭は堪えようもなく小刻みに大きく振れてしまう。考えるということからどんどん遠ざかって空になってしまう。
 まったくちっとも一切考えるということをさせてもらえなかった頭を置き去りに、きりきり舞いする身体は飛び立ってしまう。飛んでしまうとあとは落ちるだけだ。落ちて落ちて落ちていくしかないのだ。
 出来の悪い無用な頭はすでにもうそこにない。千切れたか飛んでいったか砕け散ったか霧散したか。浮き立った身体は急速に爆音を立ててきりもみ状態で回転しながらあとはもう突進していくだけだ。真上へ真上へ。真っ逆さまに真っ逆さまに。



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