第218期 #10

切断

 いつもと同じ道をいつもと同じように歩いていたつもりだったが、見慣れない一画が目に入り、足を止めた。どこにでもあるような駐車場に見えるが、何かの建物があったところのはずだというぼんやりとした印象が視覚に障る。けれども、具体的に何があったのかは皆目思い出せない。
 網膜を刺すような過去の印象が脳髄を突くような不快さを感じさせる。気持ち悪いのでバックアップを確かめようと左のこめかみを探り、視覚を切り替える。
 バックアップはない。完全に上書きされている。つまり、以前の情報は今の私にはもう必要がない。少なくとも、そう判断された。そういうことだ。
 私たちはいま、とてもわかりやすい世界に暮らしている。私たちの五感に入る情報は完全に管理されている。自身の理解の及ぶ範疇、自身の想像の及ぶ範疇、現在の自分にとって害にならないもの、それらだけが情報として私たちに与えられる。そして、私たちが新たに見聞きし、新たに知識として蓄え、世界の一部として認知しうるようになったもの、それらがすべてリアルタイムで精査され、取得できる世界の情報が刻一刻と変わっていく。
 けれども、通常、それはもっとなだらかなものだ。視覚刺激にこんなに障るような大きな変化など、感じたことがない。バックアップが完全に消されたのも初めてだ。
 がたが来ているのは、私の肉体か、それとも処理すべき情報量が多すぎて、神経が摩耗したとでもいうのか。
 神経。誰の。
 私たちは完全に管理されている。もしも私の肉体が使いものにならなくなったというのであれば、すぐにでも回収され、新しい肉体に移行させられることだろう。けれども、それを促すようなサインは何ひとつない。認知できない。
 静かだ。静かすぎるほどに。
 真っ暗闇のなかにいるかのように、自分の歩いている道があやふやだ。何度も繰り返し歩いてきた道だ。ただ真っ直ぐ歩くだけで帰宅できるはずの道だ。
 帰れない。
 ここはどこだと考えてみるけれども、それを示すサインが何ひとつ出てこない。視界に広がる空間には矢印ひとつなく、音声ガイドも沈黙したままだ。
 ここはどこだ。
 突然世界から切り離された私は、ただ立っているだけのことができず、平衡感覚を失い転んでしまう。助けを呼びたくても、言葉を紡ぐことすらできない。
 何もない空間にひとりきりで、見えない世界に視線を向けたまま、自身の境界がどこであるのかすら、もう



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