第218期 #1

補助輪

「洋介さん見て見て」

 娘が公園を自転車で走っている。世間一般ではこの年で自転車の練習なんて遅いのだろうか。補助輪のついたそれを買ったのは2日前、娘として初めてのお願い。断る理由もなかった。
 父親としての自覚もないまま7つの娘と2人きりの公園。周りが不審者を見るような視線を俺に送る。
 進んでは振り返る娘の笑顔は生前の妻によく似ていた。

 補助輪を外して後ろから押してやる。
 「絶対に離さないでね。」
 いたずらごころで両手を離す。気付かない娘はフラフラと前進し小さくなっていく。

 「離すもんか。」
 心の中で呟く。
 俺はまだあの子の補助輪。

 不審者を見るような視線はそこになかった。 



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