第217期 #11
声を盗まれたのがいつなのかはわからない。気がついたら声が出なくなっていた。話したいことはいっぱいあるのに、伝え方が皆目わからない。
大丈夫だとかれは言った。自分があなたの声になりましょう、あなたの話したいことを自分が代わりに伝えましょう、安心してください、と。実際、かれが語ってくれた言葉は、伝えたかったことそのままだったので、かれの言葉どおり安心して、かれの声にすべてを託した。
私たちは共にあちらこちらへ出向いた。人と会うことがあると、かれが代弁者として会話をする。人が集うことがあると、かれが代弁者としてスピーチする。かれの堂々とした声音に惚れ惚れし、その内容にひとつひとつ頷く日が続いた。
ずれを感じ始めたのがいつなのかはわからない。気がついたらかれの言葉に何ひとつ賛同できなくなっていた。伝えたいことはいっぱいあるのに、伝え方が皆目わからない。
紫外線を避けるためだとか、感染を防ぐためだとか、言葉巧みに、かれは私の顔に仮面をかぶせてしまった。仮面の内側から外の風景を見ることはできる。けれども、もうかれ以外の誰もその仮面の内側を見ることはできない。かれは意気揚々と私の言葉を伝え続けるが、それはもう私の言葉ではなく、かれの言葉になっていた。
ある日、ひとりの人が私に手紙を渡した。私宛てのその言葉を、理解することはできなかった。これは何、と、その人に問うと、文字です、と、その人は答えた。
その人は私の教師になり、私は少しずつ文字を覚えた。その人手製の辞書を引き引き、やっと書きあげた手紙をその人に渡すと、満面の笑みを浮かべて喜んでくれた。嬉しくて嬉しくて、何通も手紙を書いた。手紙を渡すたび、その人はこれ以上ないほどの喜びを見せてくれた。
やがて戦が始まった。何年も何年も続いたその戦は、私の故郷を荒廃し尽くし、終わりを告げた。
私は裁判にかけられた。代弁者だったかれが私を糾弾し、私が記した手紙が証拠として示された。私は記した言葉にまったく覚えがなく、かれが証言する私の堕落や転向にもまったく覚えがなかったが、かれの言葉こそが真に私の言葉であることも、私が記した言葉が真に私の言葉であることも、事実なのだろう。
私の声を盗んだのは、いったい誰であったのか。返してほしいと、今でも思ってはいるが、返ってきたところで、それが真に私の言葉であるのかどうか、私にはもうわからないことだろう。