第216期 #4

プレゼント

 隣で彼が、今にもいびきになりそうな寝息を立てている。その表情は穏やかで、一仕事終えた安堵感と満足感で溢れていた。
 彼がプレゼントをくれた。今日はわたしの誕生日で、夕食を済ませたあと日付が変わる前にホテルに入り、買ってきたケーキとシャンパンを用意して午前零時を回るのと同時にお祝いしてくれた。
 「Samantha Vega」と書かれた箱に入っていたのはスイートピンクの皮のハンドバッグだった。台形のようなシルエットで広がった裾は巾着袋のように丸くなっている。フロント部分にベルトが通っていて、中央でリボン型に結ばれたアクセントがかわいい。裏地はポップな花柄のデザインが施されていて、収納の数も意外とある。サイズ感も普段持ち運ぶ分量に適していてちょうどいい。彼は何日もかけて気に入りそうなものを探し回ったらしい。あらかじめ好みのブランドから色や形、装飾などを聞き出してリサーチを重ねていた。彼がわたしのためにしてくれたことに概ね満足していた。
 このバッグを手にするのは二回目だ。初めは彼と付き合う前の男にもらっていた。その当時もわたしはそれを気に入り、大好きな人のくれた物とあって特別大事に使った。しかし、その恋も向こうからの別れによって終わってしまい、しばらく受け入れられない日々が続いた。バッグも別れてからは使えなくなってしまい、かと言って処分する勇気も持てずにいたが余りにも長い消化不良にいい加減嫌気がさし、断捨離することでその思いを断ち切ったという過去がある。
 箱を開けた瞬間に息を飲んだのは言うまでもない。自分がどんな表情をしていたのかは分からないが、戸惑いがもろに出ていたのだろう。彼が恐る恐る「ダメだった?」と聞いてきて、とっさに「なんで欲しいものが分かったの?」と口を衝いていた。その言葉で報いを得た彼は達成感に満ち溢れ、わたしは脈打つ鼓動の強さに耐えながら大仰に感激を装ってそれに応えた。心の整理がつかないまま彼が裸遊びを始めてきたので、開き直って彼を満足させることに注力した。彼は誕生日であるわたしを喜ばせようとして、わたしは本心を悟られないように彼を喜ばせる。それは結果的に相乗的な盛り上がりを見せた。
 なんの罪もない表情を眺めながら、ふと思う。潜在的な未練が彼のリサーチによってあぶりだされてしまったのだろうか。さて、これからどんな気持ちでこのバッグと付き合っていこう。



Copyright © 2020 柴野 弘志 / 編集: 短編