第215期 #1
初めて手紙を書いた。あて名は、仲は大してよくなかった顔見知り程度のクラスメイト。
私が引っ越すことを知って彼はデジタルデバイスが主流のこの時代に、清潔そうで真っ白な封筒にわざわざ手書きの手紙入れ、私に渡してくれたのだ。生真面目な奴だったが、手書きをくれるなんてとあまりにも不意なことで内心びっくりしながらも、「ありがとう」とそれだけ言って私は手紙を受け取った。今思えばもっと嬉しがるだの笑みを浮かべるだのすればよかったのに。きっと私はたいそう間抜けな顔をしていたに違いなかった。
家に帰ってそれを読んでみる。内容は「引っ越しすることは残念だ。もう少し話をしたかった。元気であれば嬉しい」などというものだった。彼らしい几帳面な字面で、文脈の通ったしっかりした文章がそこにあった。
それを読み終えて、私の心には何とも言えぬ感情がぐるぐると頭に回っていた。この男とあまり話さなかったことが惜しい気持ちになった。
私は普段からおちゃらけたような性格だったから、生真面目な彼とは合いもしない関係だったし、気は合うものではなかったろう。でも一度だけ関わりがあった。勉強を教えてもらったことがあったのだ。テスト勉強中、数学があまりにも分からなさすぎて宇宙を見始めた私は、彼に救いを求めたのだった。それはたまたま教室に残っていた頭のよさそうな奴が彼だけだったという偶然だった。彼は、それはもう丁寧に教えてくれたものだ。私がした質問に対してもすべて理解できるようにその答えがそうなる理由から何まで答えてくれた。おかげでそのときのテストは赤点を免れたほどである。享受してもらった後に、少し話した。それで私と彼の友情未満物語は完結していた。何か月も前のことだ。私はもう会話の内容さえ忘れていた。
しかし、彼はそのときのことを覚えており楽しかったというのだ。手紙を送ったのはそういうわけだと。私の性格を朗らかで心地よいと。本当にそう思うのか?と問いただしに行きたいほど美化されて彼の中に私はあるのだった。こんなに嬉しく思ったことは今までになかった。普段から馬鹿らしいだの適当な奴だのと散々な言われようだった私を。私は単純な人間であるから、それはもう舞い上がり喜んだ。彼とまた会う機会があったなら、もっと話をしよう。話すことには自信があるから、彼が腹を抱えて笑うような話をしてやろう。
手紙を投函する。遠く離れた地の彼へ、親しみを込めて。