第213期 #12

2020年5月17日(日)夜7時54分〜

この春から始まる新番組「楽しいこと全部やる」から出演オファーが来た。全部の芸能人が集まって、この世にある全部の楽しいことをするのだという。雑なコンセプトに対し、断言する感じのタイトルが怖すぎる。しかし現在、芸人とは名ばかりの無職をやっている自分が仕事を選べるはずもないため、受けることにした。慢性的に腹が減っているので考える力も落ちている。生活や心に余裕がないと何かを疑うことも出来なくなるなと思った。その後、番組側から打ち合わせなどの連絡は一切無く、集合場所が記載されたメールだけが一通送られてきた。

そして収録当日。指定された奥多摩のゴルフ練習場に来た。実在の1ホールを模して作られたとのことで、グリーンやバンカーはもちろん、OBの林の中まで忠実に再現してある。そしてその全てが人で埋め尽くされているのを見て、改めて全部の芸能人という謳い文句を思い出した。とは言え、ざっと千人だろうか。この程度の人数を集めて「全部の芸能人」と言い切る感覚はやはり怖すぎるが、とりあえず企画自体が実在したことに少し安心した。人混みの中をよく見ると、拡声器で何か叫んでいる人が数人いる。あれが恐らくスタッフなのだろう。何か大事なことを言っている気がするが、騒めきに掻き消されて聞き取れない。そんななか唯一「全ての芸能人が集まりました」だけははっきり聞き取れた。そんな訳ないだろと一瞬思ったが空腹で思考が連続せず、すぐにどうでもよくなった。自分が一生のうちに見た芸能人なんてこんなもんかもしれない。
「貴方がたまたま合わせたチャンネルに写っている世界だけが芸能界と呼べるのです」
急に耳元で囁かれたので驚いて振り返ると、そこにはかつてタメ口キャラで一世を風靡した女性モデルが立っていた。反応に窮す私を尻目にモデルは、あのキャラは事務所の意向だったこと、普段は芝犬以外の犬を全て「畜生」と呼んでいること、他人の寿命を正確に当てられることなどを矢継ぎ早に話し出したため、私は会話が出来ない人の視界に自分の人生が入ってしまった恐怖で立っていられなくなり、這いつくばりながら出口へ向かい、そのまま帰宅した。

後日、当然ながらギャラは振り込まれなかったが予定通り番組は放送されたとのことで、一応、違法アップロード動画で確認してみたが、投稿者が検閲を免れるため意図的に小さくした画面サイズのせいで、何をやっているのか全然わからなかった。



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