第212期 #6

裏通りの目薬

「何でも人の心が見えるようになりますよ、この目薬は」
そんなひそひそ話を横に、私は商店街を突っ切った。 
妹の真美と約束しているのだ。急がないと!
海に近い港町の商店街だ。
船の出航時間に合わせて、私は走った。
今日からアメリカへ船で向かうのに、仕事を終えられず、ギリギリで家を出た。
様々な会話や掛け声も聞こえるけど、今そんなこと、どうでもいい。
間に合わなければ、コンサートに行けなくなる可能性、高くなる!楽しみにしてるなんてものじゃないのに!
頭痛を感じた。息切れも激しい。クラクラする。風邪?
目もゴロゴロしてきた。何でこんな時に!
私は急いで目薬と風邪薬を買いに行った。
あれ?こんな店先の薬局だったかな?
普段、薬知らずだから、いちいち薬局の雰囲気なんて覚えてないけど、違和感を感じた。 
薄暗い店内に入り、老婆から目薬を購入した。
目薬はこれ一つしかないと、頼りないことを言うのだ。
「目がゴロゴロして……」
と言ってる傍から、店の奥に行かれてしまった。 
仕方なく、えいっ! と目薬を差した。
あ、そうそう、風邪薬も……と思った。
「すいませーん!」
と呼んでも、暗い店内から返ってくるのは、「シーン」だけだ。
私は仕方なく店を出た。
時間もない。……ん?
あれ?
アメリカを思わせる海岸?え、ここ日本……。
え?私、混乱してる?
あの人……どうして、ここにいるの?だってあの人は……。 
「お姉ちゃん!」 
真美にがばっと肩を掴まれた。
「早く捨てて!」
手にしていた目薬を、無理矢理奪われた。 
「探したよ!商店街の裏通りは行っちゃダメて、皆に言われてるの忘れたの!?」
「えっ?裏通りなんて行ってな……」
嘘!裏通りだ!表通りの肉屋の店先、ここから見えるということは、私、なんで!?
「お姉ちゃん、焦りすぎ!」
私はハンカチで目を何度も拭った。
薬局の奥の暗闇から、鋭い視線を感じる。
裏通りは昔から、地元の人間でもクネクネ道に迷い、辿り着くことすら難しい場所だ。 
なんでこんな時に……。
私は涙をポトリと落とした。
鋭い視線は、闇に消えた。
「お姉ちゃん!泣けて良かった!目薬の呪いから助かったよ! 何でも見えるかわりに、明日、命を落とす目薬から助かるには、愛する人を思っての涙しかないの!」
真美もボロボロ泣いていた。
私たちは人目も憚らず、泣きながら港へ走った。 
汽笛の聞こえる船に飛び乗る。
私たちは、久しぶりに手を繋ぎながら、遠ざかる故郷を眺めていた。



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