第211期 #9

古き友の形

 昔はビデオ予約もできない自分の親を笑ったが、いざ自分が親になると同じ立場だとに気づかされた。
「お父さんはアプリほとんど入れてないの?」
 まだ中学生の息子からそう言われても黙って頷くだけ。
 SNSの流行初期に、俺の精神は時代に追いつくことを諦めてしまった。
「カズヤはいろいろやってるのか。個人情報とか大丈夫か?」
「平気。だいたい繋がり浅いから、顔と名前くらいしか知らない人がほとんどだし」
 俺からすると、顔と名前を知ってれば相当深い関係だと思うのだが。
「……待て。それが浅いなら、深い繋がりだとどこまで知られてるんだ」
「ロケーションとかバイタルとか。そこまで深いのは五人だけど」
「ロケーションってGPS位置情報か? じゃあ自宅も知られてるのか」
「友達だったらそれくらい普通でしょ」
「たしかに……。バイタルってのは?」
「今ご飯食べてるなーとか、もう寝たなーとかわかるよ。相手の心拍数とか血糖値とかからで」
「おいおい、晩飯のカロリーもか?」
 感じた薄気味悪さを振り払うように茶化すと、息子は真面目な顔で頷いた。
「そこまで繋がってる親友は一人しかいないけどね」
 その言葉の意味は、数か月後に思い知らされることになった。
 俺は腰をひどく痛め、まともに立つことさえできなくなった。妻と息子は遠方の高校の見学会に泊まりで行っているときにこの間の悪さだ。
 妻にメッセージを送ってもガンバレとしか返ってこない。毒づきながらふて寝をしようとしたそのとき、家のチャイムが鳴った。
「初めまして。カズヤ君の友人のアキトです。困っていると聞いて来ました」
 普通は断るところだが、今回はそんな余裕がない。ありがたく甘えることにした。
 ソファに横になったままで、掃除や料理をしてくれる少年に礼を述べる。
「すまないね。初対面なのに」
「初対面だなんて。カズヤ君の父親なら、僕の父親も同然ですよ」
 古風なお世辞を言うと笑ったが、しばらくしてお世辞ではないことに気づいた。
 俺が何も言わずとも、作ってもらった料理は味付けまで俺好み。部屋の掃除もまったく迷わず、我が家のどこになにがあるのか完全に覚えているように動く。
 こいつだ。息子とすべての情報を繋げていた親友は、こいつだったのだ。
 注意して観察すれば、鼻歌や歩き方の癖まで息子と一緒なのだ。
『友情とは二つの肉体に宿る一つの魂』
 そんな古代ギリシャの格言を、痛みと共に確かに感じていた。



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