第211期 #2

名探偵朝野十字の理由なき反抗

 長身痩身の神経質そうな若者はデスクの前に立ったまま言った。
「あなたは名探偵であると確かな筋から情報を得てます」
「さよう」
 ここは社長室で、若者は飛ぶ鳥を落とすIT企業の社長で、マスコミは日本のイーロン・マスクだと囃し立てている。ジャンボジェット機に人工知能を搭載し、機体に神経を張り巡らせ、ディープラーニングで事故になる前に故障を予測する大規模なシステムを作り上げた。
 営業に来た先輩は、天知茂のマネのつもりなのか、平べったい眉間にシワを寄せようと努力しつつ重々しく返事した。
「私が名探偵です」
 私が変なおじさんですの言い間違いだろう。
「見てもらいたいものがあります」
 私たちは研究室に移動した。そこには中年女性と13歳くらいの少年がいた。
「精神科医の星先生、そしてこちらは――」
 私は思わず手で口を抑え小さく叫んだ。
「どうした西野さん」
「この子――」
 あまりに人間そっくりに作られたアンドロイドだと気づくなり、私は不気味の谷を渡ってしまったのだ。社長によると、これはジャンボジェット機に搭載した人工知能のインターフェースで、飛行機の状態を人間らしい表情や仕草で表現するという。
「ディープラーニングの推論の因果関係を対人的に可視化するためです」
 天才社長の言葉は私の理解力を超えていた。
 精神科医が優しくそれに話しかけた。
「どうして明日離陸したくないの?」
「嫌なんだ」
「あなたは人間を助けるよう作られてる。離陸したくない理由は、どこかに故障があるから? それはどこ?」
「もういい子のフリはうんざりだ。みんな本当のぼくを知らない、大人はわかってくれない」
 先輩が割って入った。
「私から3つ質問しよう。君は猫を知ってるか。猫は人間か。猫を殺したらどんな気持ちがすると思う?」
「知らない。人間じゃない。スカッとするだろうね」
 先輩は社長を振り返った。
「貨物室を調べてみてください。猫か何かが紛れ込んで閉じ込められているのだろう。人間を守れとプログラムされているが、猫については明示的な命令を受けてない。しかし乗客の行動や会話から学習して、猫を無視してよい要素だと結論できずにいるのです」
 事件は解決し、我社は保守契約を勝ち取った。
「まったく、最近の若い奴らときたら――」
 帰りのエレベーターで、先輩は文脈のつながらない意味不明な言葉をつぶやくと、エレベーター内の鏡に向かい眉間にシワを寄せる練習を始めた。



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