第211期 #1

ひとり暮らし

 アンケート調査で家族の人数を聞かれるたびに、「ひとり暮らし」だの「同居家族はいない」だのにチェックをする。嘘をついているわけではないし、それ自体は事実なのだけれども、私たちは別段ひとりきりで暮らしているわけではなく、この部屋のなかには自分ひとりしかいないわけでもない。その件に関しては、表だっては誰ひとりとして口にしないことも、皆がみな「ひとり暮らし」を標榜していることも知っている。はい、ずっとひとりで暮らしています。同居家族はおりません。
 でも、そんな表面上の言葉はまったくの嘘だということも、私たちは十二分に知っているし、一度でもひとり暮らしをしたことがある人なら、やはり表面上は否定しながらも、胸のうちではこっそりと、部屋のなかにずっとひとりきりって、そんなわけないじゃん、ばかなの? と、そこまではっきりとした言葉ではないとしても、そう思っているということも疑うことはない。たとえ表面上は穏やかに、もうひとり暮らしに慣れきっちゃったもんだから、誰かと一緒に暮らすことなんか考えられない、などと口にして微笑んでいるとしても。
 だって、そこの机の上に置いてあるその小物。そんなふうに置いた記憶はないでしょ? 自分が置いたはずの位置から少しずれているでしょ? そのスペースはそんなにごみごみしていなかったでしょ?
 いつもと同じように部屋のなかを動いているのに、不意に身体に触ってきたりぶつかったりしてくるのは誰?
 もちろん、それとはっきりと目に見えるようなことはない。そこにいることはわかりきっているのに、私たちの目で追うことは絶対にできない。でも、じゃあ、どうして掃除をしている私の背中に触れてくるものがあるの。どうしてただ移動しているだけの私の足や腰があちらこちらにぶつかるの。
 そこには何もないはずなのに。
 だから、ね、いるのよ、そこに。絶対にいる。私たちはひとりきりで暮らしてなんかいない。でも、目に見えない何ものかと一緒に暮らしているなんて口にしたら最後、正気を疑われるのが落ち。最悪、もう「ひとり暮らし」はできなくなるかもね。
 だから私たちはそんなことは決して口にしない。ただ笑う。うんうん、そう、もうひとり暮らしも長いから、そこに誰かがいる感覚とか忘れちゃったよね。ずっとひとりきりでいると、人の目なんか全然気にしなくなるよね。
 でも、じゃあ、そこにいるのがヒトではなかったら?



Copyright © 2020 たなかなつみ / 編集: 短編