第206期 #4

地球平面説

 僕の彼女は地球平面説が正しいと言って聞かない。
 晴れた夏の日、公園で彼女は手に持ったビー玉を弄びながら言う。「もし地球が丸いんだったら、このビー玉たちを床に落とせばどこかに転がるはずじゃないですか?」と。とはまあ、限らないんじゃないか? とは思った僕だけど、地学の授業はおやすみタイムだったから、詳細な反論はできない。僕が答えあぐねていると、彼女はビー玉を床に落とした。小気味のいい音が響き、少し跳ねたあと、それはどこにも行こうとはせずにそこにいた。
 セミの声と夏の日差しだけが僕らを包み込む。
 「ほらね?」と彼女はビー玉を拾い上げながら続ける。「ビー玉は転がらない。ということは、地球が平面ってことなわけですよ」と。そうなのかなあ。地球ってめちゃめちゃでかいから、よくわかんないけどその関係で平面っぽく感じるだけなんじゃない? と言うのは何回めだろうか。
 彼女は一年前から、確かに狂い始めていることを僕は知っている。始まりは、そうだ、キャンプのとき。二人で行ったキャンプ、星空が出て綺麗な夜、彼女はいきなり声を荒げながら、でも何故か涙を流しながら、せっかく貼ったテントをぐちゃぐちゃに壊し始めた。医者にも行ったが、適当な薬を処方されて、それでも彼女はいつもどこかがおかしいまま。
 半年くらい前に、夜中にいきなり会いに来てくれたことがある。君はそのときも泣いていて、でも僕をみた途端どこか嬉しそうで。それまでの僕は心のどこかで君を疎ましく感じていたし、彼女がまともだったら、という空想(と言い切ってしまっていいのだろうか?)をよくアパートの天井を見つめながら浮かべていた。それは元々の彼女を神格化していたとも取れる僕の弱さからくる愚行であったろう。ただそれも、涙を拭いながら言葉を発した君が変えた。君は言ったんだ。
 「地球平面説って、知ってます?」
 それからは毎日、この公園で、地球平面説を僕に語りかける。夏はもう終わろうとしている。来年もこうしていられるか不安で仕方ない。
 彼女は今日も、地球平面説が正しいと言って聞かない。



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