第206期 #1

答.

問. 以下の問に答えよ。

45個のリンゴが34個の籠に入っている時、ほかの籠に入っているのは何か。

答. 夕日

(解説)
 まずはこの入社試験を課す会社のことを紹介したい。
 株式会社ヒマキ。電動巻取機械メーカー最大手。創業者は島木幾多郎。総合商社マンとして海外を飛び回る彼は三十歳のときに出張先で手動巻取機を偶然目にし、その魅力に目覚める。帰国後すぐに会社を辞め、実家の物置に研究所を作り、巻取機の研究に日夜没頭する。そうして完成した日置式巻取機一号、通称「ヒマキ」は当時の業界紙の表紙を飾る一大ヒット商品となった。江戸っ子の島木は自分の名前を発音する際いつも「し」が「ひ」になってしまうこともあり、「ヒマキ」はそのまま彼の新しい会社の名前になった。初年度にヒマキは国内巻取機市場シェアNo.1を達成、巻取機メーカーとしての確固たる地位を築く。
 海外進出が本格化したのは1984年。当時の巻取機の世界市場の約八割を占めていたのはアメリカだった。日本の巻取機市場が頭打ちになる中で、島木社長はニッポンのヒマキで米国の市場を席巻すべく、彼の地に足を踏み入れた。

「売れない」
 在庫の山に頭を抱える島木社長に「ダイジョブよー」といつも明るく声を掛けるのは現地で娶った妻のジェシカだった。がっしりとした黒い肌、愛らしい目に赤い唇。ジェシカは「アップルパイが焼けたわ」と大皿を抱えて西日差すリビングへやってくる。
「最近毎日アップルパイだな」
「そうよ、おじさんから送られてきたの、ほら」
 妻の指さす方を見ると、倉庫に入りきらず自宅も占領し始めた巻取機の、籠の部分にリンゴが入っている。島木社長は呆れた顔で妻を見る。
「ごめんなさい、だって置く場所ないんだもの」
 妻は悪びれず洗濯物を取り込み始める。シーツを物干し竿から洗濯籠に放り込んだとき、ちょうど夕日が沈んだ。洗濯籠に夕日が入ったように見えた島木社長にある閃きが降りた。
「夕日……日置式。籠、そうか! ジェシカ、お手柄だ!」

 入社式で島木社長の渋枯れた声で語られるこの講話は、社員の脳裏に強くこびり付き、以後離れない。うわべだけの知識では到底たどり着けないその深淵は、離職率0%を誇るヒマキ社員以外は決して知ることができず、知られてはいけない。よってこの設問に軽々しく「夕日」と答えた志望者は、容赦なく落とされ、その履歴書は「注視」のフォルダに保管され続けることとなる。



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