第205期 #7

キヅイテ

あなたの名前は好きじゃない。
私の気持ちを伝えようとしても邪魔をするから。
同じ音、同じ動き。
あなたに伝わらないって気が付いたのはいつだろう。あなたにその気がなければ、きっとこの言葉はあなたには伝わらないんだ。
言葉を変えればきっと気が付いてくれると思う。
でも、これに代わる言葉がないから。だから、どうか気付いてほしい。

ボケっと食堂で昼飯を食べていたら、急に同僚が前に現れて「寿司好き?」って6連発で聞いてきた。
「え?」
聞き取れなかったわけではなくて、一瞬彼女の口の動きが重なった。ビックリした。
寿司好き、って言っているのに、彼女が何回も俺を呼んでいるようにみえた。
ん?
つまり、今まで選択は間違ってないと思っていたけど、もしかして違っている可能性がある。
「あぁ、好きなんだけど、当日の誘いは遠慮することにしてんの」
ごめんな、と言って俺は食べかけのトレーを持って立ち上がった。
「なにぃ、抜け駆けか?!」という同僚の声を無視して、俺はトイレに駆け込んだ。
トイレの鏡の前で「寿司、好き」を何回も繰り返す。母音があっていればいいわけだからと、いろいろ試した。ちゃんとわかっているつもりだったのに、「寿司好き」も「釣り好き」も「寿司釣り」も違いが全然分からなかった。
おじさん、からかわれてる?
禁忌を見逃していたのではないかという不安に駆られる。
最近彼女が異常にべったりなのが気になっていた。
気付いてしまったら、どんな顔をして彼女に会えばいいのかわからなくなった。

結局、仕事がまともに手につかず早々に切り上げて帰ることにした。
家には彼女がいるわけだから、この問題は避けて通れない。
一緒に住んでいるというこの状況がおかしい、と思いイラっとする。でも、あの日の会話を思い出して、心の中でうなだれる。もう今更どうしようもない。
いろいろ考えて帰ってきたせいか、気付いたら自分のアパートの扉の前だった。
確認しなくては。内容によっては、ここでお役御免だ。
鍵を開けてドアノブに手をかける。
俺はどっちを望んでる?

鍵が開く音がして、玄関に向かう。
いつもより早く聞こえた「ただいま」は、いつもより沈んで聞こえた。
だから、靴を脱いて、体を持ち上げたあなたにギュッと抱き着いて、「おかえり」って見上げたら、なんだか悲しそうな顔をしていて、あなたの右手の指が私の唇をなぞる。
あぁ、あなたは気付いてしまったんだ。

「ねぇ、聞きたいことがあるんだ」



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