第203期 #1

名探偵朝野十字の新人助手

 私は西野順子。IT企業でSEやってます。
 いつも静かなモクモク系職場に部長の罵声が響いた。
「クライアントからエラー確認が来た。君がクライアントのサーバに入ってやったことだ。君のパソコンのIPも全部バレてんだよ」
「プレビューを見ただけですよ。TMPファイルが削除されていたのに見ようとしたからエラーになっただけで実害はない」
「そんなことを言ってるんじゃない。クライアントのサーバに通常はないはずのエラーログが残った。どう言い訳するんだ」
「今すぐ立花さんに電話して謝りますよ。次の定例でもちゃんと説明します」
「…………」
「大丈夫ですよ。立花さんとはツーカーです。わかってくれます」
「じゃあ……。よろしく頼む」
 朝野先輩は営業部から異動してきた異色の人材だ。私と同じETLチームにいる。
 部長に連れられて経理課の新之助君がプロジェクト推進室にやってきた。彼は大学の一年後輩でたまたま同じ会社に入ってきた。
「経理データと営業データが」
「うんうん」
 先輩は興味なさそうにうなずいた。
 先輩と話を終えても、新之助君はもじもじして居残っていた。学生のころと変わらないなと思った。
 やがて私に話しかけてきた。
「うん。いいよ」
 と私は答えた。
 新之助君が帰った後、先輩が言った。
「西野さん。次の定例の資料を作ってるんですが。技術的側面に齟齬がないか精査してほしいのです」
 部長とは平気でケンカするのに、なぜか私には腰が低い先輩であった。
「ご面倒でしょうが。立花って重箱の隅にしか興味がないから。あいつクソですよね」
「今日中ですか」
 私は不要になったプレゼンス資料のホッチキスの針をひとつひとつ外しつつ尋ねた。
「いやまだできてなくて来週の水曜日ぐらい」
「その日はお休みもらって新之助君と水族館に行くんです」
「それは――でも殺人事件に巻き込まれた瑛美という人が――」
「瑛美さんはイケメン青年実業家と電撃結婚しました。ワイドショー見ないんですか」
「それは――」
「あんな頭いい超美人、新之助君にはムリムリ」
「確かに。新之助はああ見えて、超面食いだからな。なかなか結婚できないわけだ」
 私は書類の束をシュレッダーにかけるため立ち上がった。
「どうだろう西野さん。あなたは超美人からほど遠い。頭もそれほどじゃない。むしろ新之助と結婚すればいいと思う」
 シュレッダーがうなりだした。私は先輩の超絶失礼発言を聞こえなかったことにした。



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