第20期 #23
その村には、ある夫婦が住んでいました。
夫は勇敢であり、数年前に村を襲った山賊数人をたった一人で皆殺しにして以来、村の英雄でした。そしてその山賊に捕えられていた女を妻に向かえたのです。
女は美しいと評判で、しかもその女の優しいことといったら、夫が台所を這っていた御器齧りを叩き殺そうとしたところを、これ以上の殺生はいけないと夫を押し止め、御器齧りを紙に包んで外へ逃がしたこともあったほどです。
始めの頃、女は助けてくれた恩返しにという思いで夫に懸命に尽くしました。しかし女の身、抱かれるうちに恩返しという感覚は次第に薄れ、変わりに慕う気持ちが強くなっていったのです。
二人の仲は睦まじく、誰もが羨む夫婦でした。しかし近隣の領主の間でいくさが起こり、夫が武士として名を上げようと妻の必死の制止に耳も貸さず村を発ってしまいました。こうして、いつまでも続くと思われた幸福な生活は、崩れ去りました。
数ヵ月後、妻は流れ矢に中ってあっけなく死んだ夫のことを伝え聞きました。
以来、残された女の周囲には男の亡霊が出るようになりました。女に言い寄る男の枕元には、きまって亡き夫の亡霊が立つのでした。祟りを恐れた村の男達は誰一人として、いまだ若い未亡人に近づけないでいたのです。
そんな話をどこから聞いたのか、蒸し暑い真夏の日、ある旅の若者が女の小屋を訪ねました。若者の姿形が夫に瓜二つであったものですから、女は夫が帰ってきたのかと思うほどでした。
若者は護符を取り出し、念仏を唱え、ついに亡き夫の亡霊を調伏したのでした。
そして、これは無理からぬ事。女は若者に恋心を抱いてしまったのです。しかし若者は旅を続けなければならないと、女を拒みました。
「後生でございます。今宵限りでも構いませんから。もう、もう独りきりは嫌なのです」
女の悲痛な訴えに困り果てた若者は、一晩だけ女の家に泊まることに決めたのでした。
そこへ以前、女に言い寄った村の男の一人が無粋にも二人のまぐわいを覗き見しようと小屋の障子の隙間から中を覗いたのです。
男は小屋を覗き見たその刹那、目を剥いて仰天し、腰を抜かして蜥蜴の様に地を這って一目散に逃げ出しました。
男が見たものは、揺らめく灯台の下、甘く艶やかに喘ぐ女。そして重々しくゆっくりと交わっていたのは、忙しなく宙をまさぐる長い触覚を持った、布団のように大きな漆黒の御器齧りだったのでした。