第20期 #1
渋谷のど真ん中に柿の木がある。その上で私は吊るされている。
これはセッカンだ。悪いことをしたからには罰を受けなくてはならない。だが、ここ渋谷では、柿の木に吊るされた男なんて誰も相手にしない。誰も私を見ようとしない。五感からフルに刺激を取り入れているところでは、人が吊るされているという事実も、柿の木のぱっとしない色彩も、もはや刺激としては扱われない。
こうなってくると、これはもう罰にはなっていないのではないだろうか。
確かに、後ろで縛られた手にはもう感覚が無い。これは切断するしかないかもしれない。
確かに、濡れた下着は不快だ。だが誰も見ていないところで羞恥心など存在しようも無い。
しかし、いまさら下ろされても、もう私には3才になる娘を抱く資格は無いだろう。この鮮やかな紫になった両手で。あと、尿も付くし。
柿の木はもろい。折れてしまわないかが心配だ。私は今やここに吊るし続けられる事意外、何も望んでいない。このまま柿の実になれたらどんなに幸せだろう。そうすればカラスやスズメや専門学校生風の若者が私を喜んで食べてくれるだろう。専門学校生はそんなに喜ばないかもしれない。でもいい。私は渋谷のど真ん中で喜びそのものとして発光していたい。罪を養分としてオレンジに鈍く輝く柿の実になりたい。
そして私は柿の実になった。
空気は冷たくなって透明感が増している。柿の実になった私の幹の周りを、ありとあらゆる色彩が渦になって流れている。その流れにくぼみを造っている灰色の背広姿。あれは少し前の私だ。仕事上のミスでバイトに説教された私の背中は完璧な曲線を描いている。そして私は私にむかって手を伸ばし、私を、もいだ。
「だれか!柿泥棒を木に吊るせ!」