第2期 #1

必然の足跡

家路につく人々が、気がつきもせずに通り過ぎてしまうほど、ひっそりと存在している場所がある。一度目に留め、足を踏み入れる機会に恵まれたならば、「何故、今まで行きすぎてしまっていたのだろう」と、自問するに違いない。
  知らずに足が向き、扉に手をかけ、優しい照明に照らされる店内へとその身を委ねる。迎えてくれるのは、いつも変わらぬ少し低めの声。
「いらっしゃいませ」
 胸の内で、『ただいま』と、呟いてみたくなる、不思議な安堵感。
「何故、今まで行き過ぎてしまっていたのだろう」
 答えは、未だ顔を見せてはくれない様子だ。
「ご注文は、お決まりですか」
 初めての時にも、同じタイミングで、声をかけてくれた。この先も変わらずに、声をかけてくれるに違いないだろう。あと数回、足を運んだ暁には『こう』答えてみるつもりだ。
「いつものやつを、もらえるかな」
 その日は、決して遠い未来ではないと確信している。その言葉に対しても、少し低めの声で静かに、答えてくれるはずだ。
「かしこまりました」
 グラスを用意する、慣れた手つき。巡り合わせとは、人間同士のものだけでは無い事を、身をもって体験した。人と場所にも、巡り会いは訪れるものだ。
「何故、今まで行き過ぎてしまっていたのだろう」
 その答えは、少しだけ顔を見せ、こちら側を伺っている。
「おまたせいたしました」
 琥珀色の液体は、グラスの中で氷と共に、柔らかな響きを奏でている。
「ありがとう」
 喉元を過ぎる適度な刺激を、深く味わいながら、顔を見せ始めた『答え』に手招きしてみる。
「偶然は、必然の積み重ね・・・と、いう訳か」
 小さく呟いてみた。
「お呼びになりましたか?」
 二人きりの店内は、わずかな囁きも耳に届くに違いない。気を使わせてしまった事に、胸が痛む。
「いや、小さな謎がやっと解けたところなんだ」
「それは、よかったですね」
 謎の一部であった人物は、優しく微笑んだ。
 『人』も『場所』も出会うべくして、出会うのだ。意味の無い偶然などは、存在しない。行き過ぎていたのではなく、立ち寄る必要が生まれなかったのだ。言葉だけでは、説明のつかない『何か』が、少しずつ蓄積され、いつか出会う。
「入ってみようかな」
 家路につく人々が、気がつきもせずに通り過ぎてしまうほど、ひっそりと存在しているその場所は、『Bar DREAM』と、名づけられた。
懐かしい思いに満たされる、第二の我が家、である。



Copyright © 2002 ひなた一宇 / 編集: 短編