第199期 #1

名探偵朝野十字の最近の活躍

 私はIT企業に勤めているが部署は経理課だ。昨日同僚の沢田加津子さんが部長に呼び出しを受けた。沢田さんが担当する経理データが営業データと不整合だという。
「私、なんのことだかわからない。営業部門のデータなんか知らない。なのに弁護士が同席してすごい疑われてる感じだった。どうしよう。ねえ。新之助君、助けて」
 私は部長に説明を求めたが一蹴された。なんらかの犯罪が行われているとの懸念があり、特別なチームが組まれて秘密裏に内部調査していると噂する人もいた。しかし、沢田さんは真面目で誠実な人だ。近々結婚する。相手もとてもいい人だ。濡れ衣を着せられたとしか思えなかった。
 私は柄にもなくあちこち嗅ぎまわり情報を収集した。ある者は社内の派閥争いと関係があると言い、また別の者は部長本人に人格上の問題があるとにおわせたりしたが、噂の域を出ず一向に埒が明かなかった。
 ある日、私は終業時間ごろプロジェクト推進室の前の廊下で先輩を待ち伏せた。プロジェクト推進室はIDとパスワードがないと入室できない。社内システムの全面的刷新のためのプロジェクトが進行中だ。私は推進室から出てきた先輩を呼び止めた。
「先輩。今のプロジェクトのことなんですが」
「君には関係ないだろ」
「もう一部本番環境で使われてますよね。経理データと不整合なんです」
 先輩は不愉快そうに眉をひそめた。
「何と不整合なの?」
「営業データとです」
「どの?」
「私は知りません」
「話にならんな」
「でも沢田さんが疑われてるんです」
「…………」
「来月結婚するんですよ」
「だから、なに?」
「幸せになってほしいんです。誰だってそう思うはずだ」
「バカなの死ぬの?」
 一旦はそう言って立ち去った先輩ではあったが、営業データに問題があるなら解決する責任がある。私は連日先輩に付きまとった。とうとう先輩が経理課に来て沢田さんの話を聞いた。そのあとは早かった。
「情報系のSQLに不具合があり基幹系と不整合だった」
 遂に先輩が認めた。
「沢田さんは悪くなかった。そうですよね。先輩の口からそう言ってください」
「情報系の不具合は解消しこの案件は完了した。これ以上何を言わせたいんだ。地球は丸いってか。前から思ってたが、君はつくづくマヌケだな」
 先輩は来なかったが、私は沢田さんの結婚式に出席し、新郎の前でどうかと思われるほど強くハグされた。
 今、心から言おう。
 ありがとう、名探偵 朝野十字!



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