第192期 #7

誕生

 こつこつと外側から音が聞こえてくる。それはとても耳障りで、不安な気持ちばかりを煽るから、力いっぱい耳を塞いで縮こまるけれども、そんな些細な抵抗などものともせずに、それは続く。こつこつと、こつこつと。あるときは背中側から、あるときは右から左から、あるときは表から聞こえてくるので、小さな丸い部屋のなかでは逃れようがない。そうして耳を塞いで不安定な格好を保っているあいだに、やがて慣れてくる。自身は耳障りな場所にいるということ。自身はずっと不安を感じる存在であるということ。
 扉のない硬い球体だと思っていたその部屋が割れるのは、一切の前触れなく、突然のことだ。自身の両脚で立つことを知らない生まれたての雛は、殻の外に刻まれた夥しい紋様を目にする。雛にはそれが文字だということはわからない。それに意味があるということもわからない。
 ただ、自身を守ってくれていた殻にその紋様を刻み続け、最終的にそれを割るに至ったノミを持った一個の存在が目の前にいることだけはわかる。雛にとってたとえようもなく不快だった騒音の持ち主が、自身と同じく小さな身体を持ち、やはり両脚で身体を支えることのできないひ弱な存在だということを知る。
 雛は脅える。雛は脅えない。雛はもう騒音から逃れた。雛は静寂が怖い。雛はもう身体を伸ばすことができる。雛の身体は固まったままほぐれない。雛は解放された。雛は保護を失った。
 脅えた雛は脅えることなく目の前の存在からノミを奪ってその表面に大きな線を穿つ。生まれたての雛の攻撃はどうしようもなく不格好だったが、ノミを振り回すうちに雛は学習していった。動くということ。怒声を浴びせるということ。憤怒ということ。
 ノミを手に血塗れでひとり立つその姿は、もうすでに雛ではなかった。身体の動かし方はもう覚えた。音を操る方法ももう覚えた。もうほんの少しも脅える理由はない。
 自身が出てきた殻の外側を覆う文字の意味を教えてくれる存在を自身の手で葬り去ってしまったことに対する恐怖を学ぶまでには、もうしばらく待たなければならない。



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