第190期 #1

スイカ

大人になって、スイカが食べられなくなった。
あんなにも大好きだったのに、成長するにつれて、知らぬ間にスイカを受け付けない身体へと、ゆるやかに変化してしまっていたらしい。
でも、小さい頃に夢中でかぶりついたあの味を、温度を、風景を、私はまだ鮮明に覚えている。
丸いフォルムに、真っ赤な果肉。溢れ出る甘い果汁で喉を潤すのが、私はたまらなく好きだった。うだるような夏の暑い日に、キンキンに冷えたスイカが食道を通りながらゆっくりと体温を下げてくれる心地よさは、今でも忘れられない。
食べ方にもなんとなくこだわりがあって、三角形に切ったスイカの一番下、緑色の皮が現れるギリギリまで味わうのが私の長年のお気に入りだった。赤と緑の境目にある、甘味と苦味が混じり合った癖になるさっぱりさが、少しもたれた口の中をリセットするのにはちょうど良かった。あの味を感じることで私は、ああ、スイカを食べたんだなあと満足感に浸ることが出来たのだ。
しかしこんなにもスイカが好きな割には、私は何故か食べるのがずっと下手だった。口が小さいのか、持ち方が悪いのか、毎回のように飲み込みきれなかった赤い蜜で口元をびしょびしょに濡らし、何本もの雫を襟元まで走らせては、呆れた声の母にしょっちゅう怒られていた。それでも決してスプーンを使わず、かぶりつくことをやめなかったのはきっと、真っ白のおしぼりで少しだけ乱暴に口を拭ってくれる母の手に甘えていたかったからだと思う。
今はもう、あの頃のように自由にスイカを食べることは出来ないし、これから先もそれは変わらない。けれど、私のなかに蓄積された何十回もの夏が、思い出の中でいくらでも私にスイカを食べさせてくれるから。
遠い昔、陽のあたる縁側で初めて頬張った、宝石のように輝く瑞々しい果実。その甘く懐かしい味が、じゅわりと口に広がったような気がした。



Copyright © 2018 萱島 蓉子 / 編集: 短編