第19期 #16

チータ

 長くて綺麗な髪だった。顔つきもほっそりしていて、美人の部類に入るのだと思う。少し痩せ過ぎな気もしてたけど、動くとすぐ痩せてしまうのだと言っていた。
 彼女はダンスを習っていた。ときどき乞われて踊ったりした。教室や、中庭で。それは静かで、穏やかな動きで、彼女はいつも幸せそうに踊っていた。踊り終わったあとは少し照れたように笑って、私はそのときの彼女が一番好きだった。
 高一のとき、彼女とは同じクラスになり、席が近かったから話すようになった。笑うとへにょって、子供みたいな顔になるのが結構いい感じだった。少し人見知りする子だったけど、自分の好きなことだとわりとよく話した。動物が好き。肉食の野生動物が特に好きだと言った。ジャッカルとかハイエナとか水前寺清子とか。……最後の水前寺清子がよくわからないけど。
 休み時間に彼女と話しているうちに、他の子も話に入ってくるようになった。黒髪の綺麗な子って、どこか鑑賞用みたいなところがある。みんな最初は腰が引けていたけど、彼女の笑顔が素敵にそんなに可愛くなかったから、そのうち普通に接しだした。
 ただ、彼女と遊びに行った記憶はあんまりない。たぶん私が一番仲良かったから、他の子ともなかったのだと思う。誘ったことは何度もあったんだけど、いつも「ごめん」とダンスの練習に行ってしまった。
 当時の私は『彼女と仲良くしたい欲』が結構強かったから、一度、「別にプロ目指してるわけじゃないんでしょ?」みたいなことをつい言ってしまった。「なれるわけない」と、そんな感じで。
 すると彼女はいつものように笑って、
「例えばね、すごく才能ある子があたしの前に現れて、あたしなんかをあっさり抜いていくの。すぐにでもプロで食べていけますぅ、みたいなね。そんな子の靴にはさ、もう、画鋲とか仕込んでおきたいじゃない? そんな子が現れるまで、そんな子の靴に画鋲を仕込めるその日まで、あたしはダンスを続ける気でいております」
 冗談っぽく。でも、へにょって感じのいつもの笑みが、何だか泣き笑いのように見えて、何となく「ごめん」て思った。


 高校を卒業して、彼女は髪を切り、靴屋でバイトを始めた。顔見せがてらに行って、接客してもらった。でも画鋲とか仕込んでこなかったから、がっかりしたような、ほっとしたような、そんな気分になった。
 別れ際、「画鋲はまた今度ね」と、彼女はちょっと意地悪く笑った。
「……ん」


Copyright © 2004 西直 / 編集: 短編