第189期 #2
高架の下、雨のしのげる場所。人通りも疎らな夜に、僕はあまり上手くもない歌とギターを披露していた。雨がしのげると言っても、時折吹く方向の定まらない風が細かい雨粒を運んできて、ギターのボディーに貼りついてくる。楽器って水を嫌うんだよな、分かっていながらギター虐めていた。ここでは自分の持ち曲2曲を何度も何度も繰り返し弾くのが常だ。立ち止まる人も居ないから、繰り返しに飽きるのは自分以外居ない。
半時間ほど経ち、雨脚が少し弱まってきた頃足を止める女性が居た。傘もなく、白のTシャツが雨で透けて肌に張り付いていた。手には酎ハイの缶を持って、ぷらんぷらん揺らしている。2曲した後に声を掛けてみた。
「風邪引きますよ、こっち側のが雨まだマシですけど」
「そうだね」
とぼとぼと、缶を片手に彼女はこちらに来た。よく見ると落ちたマスカラや、よれたアイメイクで目がドロドロだ。それと雨のにおいに混じって、酒やら汗やらの臭いで息苦しくなる。
「はぁ……。これくらい、ゆっくり見るライブが丁度いいね」
雨にこれだけ濡れながらなのによく言えますね、と本当は突っ込みたいくらいだった。
「そこのライブハウスに行ってたんだけどね、モッシュが激し過ぎて吐きそうだったよー。揉みくちゃ過ぎて途中ブラジャーのホックも外れるし、最悪」
「それはちょっと危険ですね」
透けまくりのその赤いブラジャーのホックも大変だな。ただ初対面男性に対していきなりそれをぶっちゃけてしまうのは、やはり酔いが回っているからなんだろう。僕は苦笑いする。
「ライブは痴漢する奴も居るからねー。今回のは女性ファンが多かったから、どさくさ紛れにホックも直せたけど」
「ははっ、凄いですね」
やや乾いた声で笑うしかない。隣の女性はフワフワ揺れて、愚痴を言っている割には機嫌が良さそうだった。
「いい歌だね、なんか暗いけど歌詞がすごく耳に残る」
「ありがとうございます、こういうのは雨にやるのがいいでしょ」
「確かにそうかもね!」
汗臭くて酒臭い女は、乱れた髪の毛の間から無邪気な笑顔を覗かせた。
「風邪引く前に早く家帰った方がいいですよ」
「んー……、でも。今はもう少し君の歌を聴きたい気分かな」
女の期待した眼差しがこちらに向く。
「はぁ。仕方ないですね、じゃあ最後に一曲だけ」
ギターのボディーをゆっくりと3回ノックして、大人しめのギターに乗せ歌を始めた。雨粒が着いたギターは冷たい。