第189期 #1

途中で有名な金魚屋がある

すれ違う瞬間、男は微笑んで会釈したからたぶん知り合いなのだろうが、記憶にない。忘れているだけだろうと、高をくくって急ぐ。と後ろから肩をぐっとつかまれて、引かれる。体勢を崩しながら見ると男の微笑みだ。続いて腹部に鈍痛、とともに世界が反転。

意識を失った私は男に倒れ掛かり、男はなお微笑みのまま、受け止める。それから停めてあるセダンに運ぶ。あくまでも大切な商品を扱うバイヤーのように慎重に、無駄がない。セダンのトランクは意外に広く、人間がらくらく入る。詰め込めば5人ぐらいは入るだろう。エンジンがかかり、振動が伝わった唇からよだれが垂れる。

男から鼻歌が漏れる。甘いポップスだ。嫌い。全然嫌い。やめてほしい。耳が腐る。私の意識は戻っていないけれど、細胞がそう言ってる。荷物にそれを指摘する権利はないわけで、身を任せる。道が悪いのか、男の運転技術が悪いのか、やけに揺れる。意識があったら体のあちこちが痛くなるだろうな。あざが残ってしまうかもしれない。見える部分に付かないようにせめて意識よ、戻れ。

停車し、男はセダンから出る。家がある。中に人がいる。やはり母だった。男と母は親しげに言葉を交わす。男がトランクを指差す。ふたりが微笑む。近づいてくる。トランクが開いて、男と母は私を取り出して家に運ぶ。この道具は30キログラムしかなくて簡単に運べるから便利なんですよ、と女性アシスタントが微笑むように、母は運んでいる。どこか心躍っているように見える。

家の中はとても暖かい。大きな緑色のソファーがあって、そこに父がいる。隣に私は置かれる。父は視覚と聴覚を奪われ、裸でいる。無理矢理というわけではないのは、意識があり、なおかつひどく勃起していることからわかる。父が探ってくる。それが人で女だということはすぐにわかる。父は隣にやってきた道具をどうやって使えば、母が悦ぶだろうかかと考えているのかもしれない。父は乱暴に私の服を脱がそうとする。母はなおも微笑んだままで、それを見ている。

3時間後、私は男によって同じ場所に戻される。歩いている目的はなんだったのか思い出そうとする。アルバイトに行くはずだったが、もう間に合わない。店長はひどく私を叱るだろう。家に帰ることにする。途中で有名な金魚屋がある。そこでお友達の金魚に今日の出来事を報告しよう。金魚はぱくぱくぱくと餌と私の話を食うだろう。



Copyright © 2018 なゆら / 編集: 短編