第188期 #6

アートの外でダンス

 ※表現を展示するのではなく、表現を創造した脳をけずり、それを展示する。脳の中にあるコンセプト。穴を開けて取り出す。第三の目。開眼。それにはたくさんの目が必要だ(※少年のノートより抜粋)

 屋根裏部屋に引きこもった少年。脳の損傷で死んでしまう。その部屋で発見されたペットボトル。

 そう、それから遺品整理があった。そこで、見つけた。
「何をよ?」
 素材は消しゴムのカスだったかも知れないし、小麦粉を練ったようなものだったかも知れない。
「ちょっと待って。抽象過ぎて分からないわ。何見つけたっていうの?」
 正直、僕もまだ理解しているわけじゃないんだ。だからさ、見たままを言う。抽象と捉えられてしまうのは本意じゃないけど、それはそれで間違ってないと思う。というか少し自分の中で整理する。
 彼の障害がどんな分類の障害だったかを僕は説明できない。ご両親は明るかった。お姉さんを仕事関係で知っていて、頼まれたのは、ほんと、偶然だった。何も力にはなれないと最初断ったんだけど、それでも弟の遺品をとりあえずでも見て欲しいと。
 生前、少年は明るさをひどく嫌っていたらしい。まぶしさや騒音というものにひどく敏感だったそうだ。いつからか屋根裏に引きこもるようになっていて、いつしか、たくさんの顔に囲まれていた。
「顔?」
「そう、その一つ一つに顔があって、小さな像になってるんだ。円空は仏像を十二万体彫ったとされる。ピカソは九十数年生きて、十五万点の作品を残している。でも、まだ彼は十代だ。制作スピードが群を抜いてるんだよ」
「仏像みたいの想像すればいいのかしら?」
「ものすごく小さくて緻密なね」
 米粒ほどの大きさでペットボトルに入っていたから最初わからなかったけど、米は一キロで五万粒ほどになるから、単純計算でも五十万体にはなると思う。
「僕はそれだけで参ってしまったんだよ」
 想像してごらん。幾万もの小さな顔に囲まれて、自身のおでこに自身で穴を開け脳を取り出そうとしていたら。その行為が死因になったけれど、僕は彼を異常だとは思えなかった。それが世界を変えることもないだろうし、そんな事実を知る者もいない。家族は彼の尊厳を守りたいと考えて他言は嫌うだろうしね。精神的な障害とかそんなことじゃなくて、何かこう、純粋、という言葉が彼を支配していたんじゃないだろうかと。
 そう言ってから僕は包みを開けた。
「そのペットポトルの一つがこれだよ」



Copyright © 2018 岩西 健治 / 編集: 短編