第188期 #12

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 編集された映画に飽きもせず繰り返し没入する息子の後頭部を、つむじから柔らかな髪が流れる後ろ姿を彼もまた飽きもせず眺めていた。録画した映画に編集点を設定し不必要なノイズを削ぎ落として都合よく繋げてゆく作業は記憶のそれとよく似ている。彼は日常の穢れの中にささやかなハレを探すような、退屈さにかまけた空想に搦め捕られてゆく。
 映画は六十五分目に差し掛かり物語の転機を迎えた。少年たちの内の一人が取り返しのつかない状態に陥る。善意とむき出しの悪意の伝播。少年たちは危機に晒される。死屍累々。それは悲しい事件となって少年たちの人生に暗い影を落とす。そして終焉へと転がり落ちるその瞬間、映画は暗転する。停止ボタンが押され、映画は再びはじめから繰り返される。リモコンを握り締めた息子が瞳を煌めかせる。映画は終焉を迎えない。
 幼さが、繰り返す日々も繰り返し見た映画もハレに映す。通算何度目かわからない少年たちに降りかかる苦難も息子には新鮮な痛みとして蘇る。灰色の空も、理不尽な事件も。かつての彼と同じように。息子には彼が失ってきた全てがある。失ってしまえば取り返しのつかない類の煌めきが芳しく咲き乱れている。
 少年たちはたき火を囲み、記憶に閉じ込めた過去を打ち明ける。夜の闇の中に置き去りにするように、たき火に焚べて灰にするように。いくつもの瞳にたき火の炎が揺れる。瞳に映る少年の影に表情はない。やがて夜は明けるはずだった。どんな終焉であれ、それを乗り越えてその先にある未来へと踏み出すはずだった。だが再生停止、頭出し。物語は何度でも巻き戻る。息子の瞳から煌めきは失われない。劇を終えた役者は観客にすぎない。少年たちだけが虚構の中に取り残されている。
 息子はやがて彼になる。反発と挑戦とを繰り返し、だが違う何者かになることもできず血にどうしようもなく染み付いた遺伝子から逃げることを諦め、なんとか折り合いを付けてやっていく。彼もそうしてやってきた。彼はやがて父になる。彼の中にある無念と諦めを確認することもせず当然そこにあると織り込んでなお穏やかなあの瞳で。全てを失った父の瞳と失ったはずの全てのものが溢れている息子の無垢な瞳の合わせ鏡の中に彼は閉じ込められた。
 少年たちは事件から永遠に救済されない。痛みは明かされない。夜は明けない。言葉もない。少年たちは深い諦めの隠された瞳で永遠にたき火を囲み続ける。



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