第186期 #12

英雄たちの墓場

遠い昔のある日、一人の男が死んだ。国家に意を唱え、一部の人間を唆したのだと暗殺者は主張した。銃口を向けられた男は最後にこう言ったという。
「この国はやがて自由で平等な社会を築くだろう。私はその道を作った。あとは人が歩くだけだ」
男は胸を撃たれ息絶えた。

その国の知識人たちは皆、その男の書いた物語を読んだ。それは国民の支配された苦しい生活を描く物語で、多くの者が胸に秘めていた感情に火をつけた。やがて人々は暴動を起こした。多くの犠牲の末に支配者が変わり、社会体制も変わった。しかしそこに自由と平等はなく、都市では以前よりも多くの血が流れた。国民たちは疲れ果て、また生きるために身を削った。

それから半世紀が経った頃、その国の貧しい村に男児が生まれた。成長した彼は、働きに出た隣町の図書館で、今は亡き英雄が書いた物語に出会った。青年は国を変えるのだと決意し、書を読み勉学に励んだ。やがて人望を得た彼は革命を企てた。それはすぐに国中を吹き荒れる嵐となり、支配者は亡命した。青年は国を変えたのだと確信した。だが、結局革命は鎮圧され、都市の路上には人々の死体が重なった。青年も街の広場で処刑された。彼の妻は子を抱いてそれを見ていた。

それからまた半世紀が過ぎた。郊外育ちのごくありふれた少女が学校で歴史を学んでいた。
「私たちは死体の山の上に生きているのですね」
少女は溜息を漏らして呟いた。彼女が開いた教科書には、自由と平等の為に死んでいった革命家たちの写真が並んでいた。老いた教師は顎髭をさすりながら微笑んだ。
「この国は何も変わらないね。彼らは無駄死にしたんだ。多くの国民を巻き込んでね。何と言っても、その広場で処刑されようとしている写真の男は、私の父だが」
少女は泣いた。正義とは何なのか彼女にはわからなかったが、それが誰にもわからないことが悲しかった。

やがて世界の情勢は変わり、大戦も終わった。その国にも変化の時が来た。押し流される時代の波に乗って、また一人の男が国を変えたのだ。都市は発展し、国民の生活は前より豊かになった。そして新しい憲法は自由で平等な社会を約束した。
ところが十数年後、男は反対派から独裁者だと非難され、暗殺された。多くの国民が嘆き悲しみ、墓碑には献花に訪れる人が絶えなかった。その中に、人一倍上品な服を着た老女がいた。
「ああ私の子、あなたはきっと正義よ」
小さな涙を零しながら、彼女は微笑んだ。



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