第184期 #7

五日目。

 転職をした。条件は悪くなかった。午前午後の九時から五時の昼夜二部制。一時間の昼休憩。完全週休二日制。残業は一切なし。手取りで月三十万、賞与年二回。資格(わたしは自動車の免許を持っていなかった)、技能必要なし。職場への時計、スマホ、電子機器一切の類いの持ち込み禁止、終業時間内は飲食(ただし、備え付けの飲料は飲んでも良い)、睡眠の禁止。それらに違反すると、その時間分の追加労働が加算されることなどが書かれてあった。
 要は一日七時間、ルールに沿った仕事をせよ、ということのようだ。わたしは数ページに渡るそのような内容の規定書にサインをした。

 建物は古いが、巨大な自社ビル。事前に送られてきたカードをかざすと開く扉、壁の案内に沿って進むと、これから働く職場が見えた。言われていた通り、手荷物を専用の収納へ納めて空間へ入ると自動で鍵が閉まった。
 四方十メートル程の空間、壁、床、天井は白いパネルで一切の装飾はない。その空間の中央に一組の机と椅子、こちらも白で統一されている。空間に窓はなく、天井には監視カメラ。椅子に座ると右手側には設置飲料とトイレのある開口。
「就業時間中、椅子に座っていること」
 最初に説明されたことが何となく分かった。

 初日は良かった。目新しさもあり、部屋の隅々を見てまわり、飲み物を飲み、時間がきて鍵が開いた。
 二日目、椅子に座ることが仕事。ただ、それは、何もやっていないということに等しかった。机のフチを端から端へなでる。逆にもなでる。それにしても音がなかった。そして、持っていたコインで机の端を傷つけた。何かを考えているが、何を考えているかが分かりづらい。コインでけずる音だけが空間に響く。やることがなくなった。他の社員も同じことをしているのであろうか。
 三日目、誰もいない空間に座るとあくびが出た。気付けば午後二時過ぎ、ふと机の端を見ると、昨日つけた傷がなくなっていた。帰宅したあとなのか、今寝ていた間か、いつからなくなったのか、毎日机と椅子を入れ替えているのか。そんなことを延々と考えていたが、やがて、それもなくなった。
 五時になっても鍵は開かなかった。寝ていた時間分の追加労働があったようだ。八時、鍵が開いた。
 四日目、半眼。座禅を組むような気持ち。その境地が波動となりエネルギーを放出する。会社の利益とは。世界平和とは。戦争とは。北朝鮮とは。そんなことを考えた。
 五日目。



Copyright © 2018 岩西 健治 / 編集: 短編