第184期 #4
「明日は誕生日だからさ、ホットケーキでも作ろっか。」
母はホットケーキの袋を持ち上げ笑った。明日は母の誕生日。私は酷く胸が苦しくなった。
今日の母はご機嫌であった。明日は自分の誕生日だから何のケーキを買おうかどんな夕飯にしようか、と楽しそうに悩んでいた。私はそんな母を見るのが好きだった。
母は若くはない。しかし、誕生日を幼子の様に喜ぶ心は持ち合わせている。きっと来年も心踊らせながらケーキを選ぶのだろう。
母が酷く落ち込んだのはその日の夜であった。仕事から帰って早々、祖母は母に言った。
「名前貸してくれない?」
名前?その意味が分からず母と私は聞き返す。どうやら祖母は消費者金融から金を借りたいらしい。何故借りたいのか、どの額借りたいのか問うと祖母は目に涙を浮かべ駄目?お願い。としか言わなかった。母は泣きそうに成りながらも質問を投じる。案の定、祖母は取り合わない。そんな母を見て痛ましくやるせない思いになり、出来る事ならこの場で祖母を殺して話ごと流してやりたかった。返すアテはある、絶対に迷惑は掛けないと半ば無理矢理母を連れ祖母は金を借りに行った。
一時間経っただろうか。私は二人の帰りを家で待っていた。何に使うのか、いくら借りるのかすら分らないが、きっと適当な理由を付けて申請を通すのであろう。
祖母は嘘が得意だ。悪い人では無いけれど自分の利益を優先させる。きっと今回も。もし返せなかったらどうなるのだろうか...。そんな、悲観的な事を考えていると玄関の扉が開いた。母だ。
母はいつものトーンでただいまと言った。しかし、顔は寂しそうでつい顔を背けてしまった。祖母は何事も無かったかの様に部屋へ向かった。その際、ちらりと盗み見た書類には1,500,000と書かれていた。
私の家は狭いけれどそれなりに暮らしていけていた。ひもじい訳でも無くごく平凡な家庭だった。それなのに何故こんなに金が必要になるのか、やはり理由が知りたかった。もやもやした気持ちと悲しさ、怒りが胸を突き刺す。
風呂から上がり書類を見つめる母に早めの誕生日プレゼントを渡した。中身は小さめな湯たんぽで仕事で肩こりや節々の痛みに苦しんでいた母の癒しになればと思い買った物である。母は喜んでくれた。しかし、曇っている表情は消えなかった。
ああ、そうだ。と母は水屋から買い置きしていたホットケーキミックスの袋を取り出す。ああ、母の中の選択肢が消えてしまった。