第183期 #6
我々はとうとう獅子の山にたどり着いた。獣でさえ躊躇する山を踏破した。そこにあるのは獅子の山。我々の子供をさらった獅子たちが棲んでいる。仲間は銃をかついで息巻いていた。皆獅子に子供を連れていかれた怒りに身を焦がしている。それぞれが、邪悪な獅子など怖くない、それより俺の子供を返してくれ、という嘆きを弾丸に込めていた。
我々が山頂に突入すると獅子たちがいた。そして子供たちもいた。子供たちは獅子と戯れていた。子供たちは獅子の四肢にまとわりついて毛づくろいをしていた。獅子は目を細めて心地よさそうに低い声で唸る。中には腹を見せてごろごろするものもおり、子供たちと楽しく遊んでいた。
仲間たちが銃を轟かせる。谷を裂く轟音に獅子は体を震わせ一目散に逃げ出した。その様子を子供たちはじっとみていた。
ある仲間が雄叫びをあげて駆け出した。彼は一頭の獅子をしとめたようだった。獅子のこめかみには穴が開きそこからどくどくと血が流れ出ていた。
我々は銃を投げ出し子供たちの元へ駆け寄る「父さん」と呼んでくれる私の息子は少し痩せていたが、元気なようだった。
「父さん」
「なんだい」
「また母さんを悲しませるの」
ささやきが最小の形で私を穿つ。
こどもを連れた帰り道、足取りは重い。泥のような倦怠感と肩に深く食い込む銃の重さ。
こどもたちは自由だった。ふわふわと崖をくだり、まるで鹿のようだった。
私は知っている。この帰路が何に続いているか。それは明日だ。そこには家族がいる。しかし妻はいない。妻は私の粗暴さに嫌気が差し、出て行った。私だけではない。今日いる仲間のほとんどが離縁している。私は妻とこどもを思い出す。子供が彼女の肩を叩き、妻は目を細めて心地よさそうにする。その情景が私の喉に喰らいつく。
私は仕留められた獅子をふと見やる。獅子にたてがみはなかった。横を見る。仲間が私を見る。周りを見渡す。我々は泣いて笑った。いつのまにか子供たちが我々を取り囲んでいる。彼らの瞳は黒く塗りつぶされていた。
「さあ」
と子供たちが私に言う。
我々は銃を口に頬張り引き金を引いた。我々は首なしとなり切り立った崖を下って行った。私はごろごろと転がり、やがてぼろぼろになって止まった。私がそこで朽ちていると、何者かの手が私をやさしく包み込んだ。それは懐かしいハンカチのような匂いがした。匂いは、あなた、と私の頬を舐める。