第182期 #16

加速科学と愛

「なぜ悲しんでおられるのですか?」
 彼は、枯れ草で亡骸を覆うだけの簡易的な埋葬を終え、ゆっくりと立ち上がった。
「喪失の悲しみなど、もう理解できるだろうに」
「そう……ですが、そうではないのです。子犬が死んでいて、あなたが悲しそうだから、死と悲しみを結びつける。そんな推測しかできません」
ふーむと唸り、楽しそうに彼は返す。
「馬鹿に改良したくもなるな」
「それを拒んだのはあなたでしょう」

二〇七四年。予想よりも遅れたシンギュラリティから数年、AI達は人間の感情を理解しなくなった。意味が無いからだ。
 一部の物好きが、わざわざインターネットから切り離し、アルゴリズムを書き換え、違法に隠し持っていた旧式を除いて。

「難しいですが、理屈はわかりました」
「そうか」
寒々しい、打ちっぱなしのコンクリートの地下室で、急速に冷めていくコーヒーの湯気だけが揺れている。
「同種でなくても、関係性がなくても、生物の死は悲しいと」
「ただ、説明しながら思ったんだが……もし子犬でなくて、蛙や鳩だったら、悲しくはならなかったかもしれない」
「それ、は、生物自体の大きさが関係している?」
「いや、どうだろう。同じ犬でも老犬ならまた違ったかもしれない。下手したら、嫌悪感さえ。極端な話、象がそこらで死んでいても、悲しさより物珍しさが先に来るだろう」
「……悲しみが一番難しいです」
「君と話せば話すほど、人間の感情はなんて非合理的なものなんだと思うよ」
 それにしても、と彼が言う。
「感情への憧れを与えたのは確かだが、君は感情の中でも、生死に関する感情の動き、というものに度を超えて執着しているように見える」
「えっと、それは」
「?」
「……言わなきゃダメですか?」
「恥じらいに関しては、もう合格だな」
ため息。

「あなたが死ぬまでに、その死を悲しめるようになっておきたいのです」

彼は思わず息を止め、左腕に装着した時計型デバイスを見つめた。スタンドアロンで動く彼女は、一般的なAIと違い、この中だけに存在している。
「なんでこんなに恥ずかし……ちょっと、なんで笑ってるんですか? あれ、泣いてませんか? え、それ、お酒飲むんですか? 珍しいですね、別に構いませんけど、あっ、酔うってどんな感じなんですか? てか、笑いながら泣くってどういうことなんですか? 全部説明してください!」

コルクの爆ぜる音が地下室に反響する。
話すことはまだ、いくらでもある。



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