第182期 #1
恐ろしく酷い眠気の重圧に耐えながら目蓋を開けると、私の視界は幻想的に白濁していた。皮脂や目脂が睫毛に纏わりついているのだ。手の甲で右目を擦るとざりざり音がなる。さっさと洗面所に行こうと思った。髪はしっとり固まっていて痒く、口臭も酷いことに遅れて気付いた。さっさと洗面所に行こうと思った。
全体的に不快感の強い体を引きずって鏡の前に立ってみる。どんな表情をしても表情筋が軋み、口からは汚れた便器の臭いがした。ひどく不快だが、仮に即身仏になろうと思ったらもっと臭く、体が粘つくのだろうと思った。何故か、ふとかつて同じ女に恋した男を想い出した。
まず、私を貶す奴の表情。線虫の様に細く歪んだ眉と、尖った唇と、そこから紡ぎ出される呪詛が、6年経った今になっても私の喉をきつく絞める。
釘。と、血が流れる。
私は奴の体温を覚えている。彼女の体温もまだ覚えている。奴の冷徹な眼と、彼女の白い肌が。
そして、彼女は、いなくなる。
何の気無しに、奴の顔に蝿が集った坊主のそれを当てはめてみたが、劣等感に苛まれるだけだと感じて止めた。私と奴の顔の構造は全く違う。そもそも意味の無いことだ。奴はこれからも多くの人を傷付けるだろう。俺は窓を引き開けることによって灰色の小さなワームを轢き潰した。
窓に差す陽光がプリズムを生む。
埃と体液は虹色に煌めく。
浮かぶ、天啓、もしくは悪巧み。
Sudden flash, elavating slowly…
"There are two types of good men: one dead and the other unborn."
Oh.
"Who'll be the next?"
久しぶりに、そいつに宛てた手紙を書こうと思った。多分返事は来ないだろうが。
どうかこんな私を笑わないでほしい。私は清貧なる修行僧であると思い込んでほしい。私の聖痕は如何にしても不浄である。
流れぬ血は黒くなるのだ。
7時28分。
すとん、と郵便受けの響く音が聞こえた。
ピンク色の蛆が言いました――Who'll be the next?
虹色のミミズが言いました――Who'll be the next?