第181期 #5
「家をね、買ったの」
ん?
「だから、適当な時に引っ越しなさい」
ん??
仕事から帰って来て、テレビを見ながら夕飯を食べているときに、母がそう言った。
俺を追い出すために、家を買ったってこと?
意味が良くわからなかった。
数日後、嫁に行った姉から電話がかかってきた。すごく焦っていたのか、つながった途端大きな声が聞こえて、思わず持っていたスマホを耳から離した。
「アンタ、どうすんの?!」
「どうするとって、家がってこと?」
「そうよ!!」
今日母が俺用の家を買ったというから、驚いて電話してきたらしい。
「だって普通に考えて、おかしいでしょ?」
「そうなんだけど……」
この家よ。と昨日母に連れられて家の内見をしてきた。自宅から徒歩10分程度だろうか。適度に離れていて、遠すぎてない場所にその家はあった。普通の一軒家で、俺がそこでひとりで暮らすには広すぎた。空き部屋でも貸して、副収入を得たらいいじゃない、という目的ではないようだった。
「私が、冗談のつもりで言ったのよ。結婚したら、親と同居と思われてるんじゃない? って」
アンタのせいか……。
ちゃんと、冗談よ、って言ったのよ。今は夫の親と同居している人達も多いから心配ないって。と姉は言ったが、多分もう母はその気になっていて、届いてなかったに違いない。
「それ、いつの話?」
「そうね〜、アンタの誕生日の近くだったような気がするけど……」
じゃあ、半年くらい前か。それから着々と準備をして、どうやってかわからないが俺の名義で家を購入して……。
「そんなのでさ、結婚できるわけないじゃんね」
困ったように電話口の姉は言った。
確かに、独身男性が結婚を見据えて家を買うことはあるだろう。でも、家があるからといって結婚相手が来てくれるわけではない。魚や鳥の世界とはわけが違うのだ。いや、彼らだって家だけではなく、メスに猛アピールをして相手に認めてもらうのだ。
「参ったな〜」
ただ、俺は彼らと同じく家で女性にアピールしていても、誰に見えるわけでもない。じゃ、どこかへ未来の嫁を探しに行くのか? で、家はあるから親と同居じゃないよって? アピールというか、血走って見えるんじゃないか? そんなの、ただのマイナスだろ?
俺は別に結婚なんてしたくないし、そもそも俺が引っ越したら、この家はどうするのか。そこも、魚や鳥の世界とはわけが違う。
さて、あの家、どのタイミングで売ればいいのか、悩ましいところだ。