第18期 #23
引き出物のペアグラスを箱から取り出して、昭雄はテーブルの上に置いた。指ではじくと澄んだ残響がしばらく残る。さすがに立派なものだ。
京子と別れてからもう二年以上もたっているし、新しい彼女だってできた。けれど、マサフミとかいう変な口の男とのキスなんて見せられると、不覚にも目頭が熱くなる。茶化す友人たちに笑い返すのもひと苦労だった。
そんなときに理穂はいないから、切なさは余計に募る。
彼女がこの部屋を出ていって、もう三日になる。どこに行ったのかは分かっている。フランス人のウィリアムのところだ。喧嘩して出て行くといつも、理穂はウィリアムのところに行くのだ。フランスに行ってくればいいじゃん、という昭雄の言葉を受けて、理穂はさっさと荷物をまとめた。
理穂曰く「文化の違いで」別れたクセに、今でも仲はよく、いろいろと相談に乗ってくれたりするそうだ。一度も見たことはないけれど、きっと格好いいのだろう。なにせフランス人だ。ウィリアムと昭雄では、名前からして負けている。
昔の男のところに行ったからといって、いちいち泣いたりはしない。もちろん腹立たしいが、テレビを見て笑うことはできるし、明日の天気を気にかけることだって、できる。プラトニックだからさあ、と理穂は言った。昭雄はその言葉は信じている。というか、信じなければやっていられない。
グラスの入っていた箱を折りたたみ、ゴミ箱に入れた。もうあふれそうになっていたから、ポリ袋ごと取り出して、口を結んで玄関のところに置く。いっぱいになったゴミ箱をそのまま放っておくと、それもまた喧嘩の種になる。
メールの着信音が鳴った。昭雄はあわててリビングに戻り、携帯を手に取る。
<ごめんなさい。今から帰ります。 りほ>
またウィリアムに諭されたのだろう。教師をやっているというだけあって、しっかりした男なのだ。けど、理穂が来た時点で追い返したりしないのが、ウィリアムの嫌なところだ。
メールの返事なんてするもんか。馬鹿。馬鹿。馬鹿女。けどとりあえず、
<ああ>
とだけ書いて返す。
そういえば、結婚式の二次会では何も食べていないから、少し腹も減ってきた。冷蔵庫をのぞくと、鶏肉がある。香草のソテーにしてみようか。結婚式でもらったワインに、よくあうはずだ。
昭雄はペアグラスを流しまで運び、丁寧に洗って布巾で拭いた。時計を見る。とりあえずテーブルの上でも、片付けておこう。