第18期 #14
雨が降ってきたのでコンビニの前の傘をパクった。一応気を遣ってビニール傘にした。雨は降り続け、どこかサテンにでも入ろうかと思いつつ歩き続けた。キョロキョロしながら歩いていると、ひとりの少女が目に入った。ちょっとした知り合いで、雨でびしょ濡れだった。でも彼女とどこでどう知り合ったとかは、もう忘れてしまった。
彼女は日によってぼんやりだったりイライラだったりする。今日はぼんやりの日のように見えた。
近づいて、彼女を傘の中に入れてみた。最初は気づかなかったようだけど、彼女はふと顔を上げ、僕と目を合わせた。やはり今日はぼんやりのようだった。彼女は何も言わずにまた前を向き、歩き続けた。僕も並んで歩いた。
しばらく無言でいたけれど、「こんな日、思い出すことがある」と彼女は突然話し出した。僕は「うん?」と先を促した。
「ずっと前、水道管が破裂したことがあって、床が水浸しになった。でも夏のことだったし気持ちいいから別にいいかなーと思った。でも一応水道工事の人のところに電話した」
「うん」
「来てもらえることになった。でも少し時間がかかるって。だからあたしは、座ったり寝ころんだりしてた」
「床に?」
「床に」
「それで?」
「ちょっといやな気配を感じた」
「気配?」
「うん、気配。木の板、壁に板を立てかけてた、木の板を。何に使ってた板だったかは忘れたけど、それが気になって、気になったんでひょいって、板の裏を覗いてみた」
「うん」
「床、水浸し」
「うん」
「板の裏、びっしり十匹くらい、ゴキ」
「う、うん」
傘を持たないほうの腕にヤな感じの鳥肌が立った。
「ゴキブリって水に弱いんだよねー」
「そうだね」
「で、板の裏にびっしり」
「うん」
「それは今も、あたしの大切な思い出」
「そっか」
雨が降り続けている。
「じゃあ僕はこっちに行くんで」
横の道を指差し、僕は適当にそう言った。
「うん、じゃあ」
彼女は頷き、前を見つめた。
傘が僕だけのものになると、雨がまた彼女を濡らし始めた。すたすたと少しだけ歩いたところで、彼女が「ねえ」と僕を呼び止めた。振り向くと彼女は同じところにいて、何かを言った。雨が彼女の言葉を消していたけれど、でも口の動きで何となくわかった。
だから僕も同じような言葉を返した。その言葉も同じように消えていたけれど、彼女にも何となく伝わったような気がした。
そんな日。