第18期 #1

窓際の麻由美

 秋をすっ飛ばして冬になった印象を拭えない今年の冬の幕開けは進路調査だった。希望の進路(何故か世の中では高校進学と決まっている事)を書かなくちゃならないらしい。麻由美はこの前の調査で第一志望(麻由美は志望という言葉が嫌いだ)しか書かず、担任に「考えが甘いんじゃないか」と注意するようなことを言われた。考えが甘いとはどういうことだと麻由美は思う、こっちは書けと言われたから仕方なく無理矢理書いてやったというのに何が甘いだこのエロ教師、人の気も知らないでよく担任なんてやってられるな、と思う、心底。
 用紙が配られている。あちこちで「どうするどうする」だなんて笑ってる奴がいたり不安そうな顔をしている奴がいたりでなんだかんだ騒然としている。麻由美は騒ぐ神経を疑う、ひたすら陰鬱だ。手を伸ばせば届くところにある窓ガラスもコンクリートみたいに濁っている、嫌な空模様だ。こういう天気だと自分が日頃どれだけ汚らしい建物の中で生活しているのかを意識させられる、今の空模様にぴったりじゃないか。
 みんなが書き始めたところで雨が降り出した、前触れのない土砂降り。あまりの勢いに男子も女子も窓の方を向いて歓声悲鳴を上げた。みんながみんなこっちを向くので、麻由美は顔をそらすために窓を見た。雨はばらばらばらと音を鳴らして次から次へと窓ガラスに膜を張っては消えてまた膜を張っては消えた。麻由美はふと、この窓ガラス一枚が自分を守る盾になってくれてるんだと考えた。
 担任が手を叩いてみんなを進路調査に呼び戻した、麻由美だけは戻らない。風も吹き出した。ごおごおかたかた教室で音が踊る、みんなの考えている音もそこに加わる、これが自分達の進路を決めている音なんだ、確かにそんな感じだな、麻由美は少し楽しくなった。
 「小野田、書いたのか?」
 いやらしい目つき、一気に不快。「まだです」
 「ぼーっとしてないでさっさと書け」
 けっ、さっさと書けとはなんだ、一生を決める大事な決断なのに、大事な決断をしている時の大事な音だったのに。
 麻由美は軽い動きでペンを取った、第一志望(だから嫌いなんだってば)の欄に、すらすらあ、と書いて、ペンを置いた。
 「どこ書いた?」隣の席の温子がそっと耳打ちしてくる。
 「今度は注意されるだけじゃすまないかも」
 温子は目を丸くした。
 「授業に入るぞー」
 「はーい」



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