第179期 #1

私の存在

死に行く生命の前で、なんて無力なんだ。
最期の命を見守る事も出来なかった。

幸せな一生だったのだろうか。
帰っていく私の姿を、どんな気持ちで観ていたのだろうか。

最期の彼の視線が、頭の中に入ってくる。私が帰って行く姿を見つめる彼の感情が入って来る。
涙が止まらなくなった。

一ヶ月間
彼は最期まで、私に元気な姿を見せようとしていた。

彼は、私が会いに行くといつも、円をえがいて元気に走り回った。そうすれば、私が遊んでくれるから。
ところが、ある日、走る姿に力がなかった。

その次に会った時は、疲れてしまったのだろうか。一周だけ。
私に元気に走る姿を見せた。

次に会いに行った時は、もう走る事は出来なかった。でも私が近づくと、必死に立とうとした。
人で言うと座った姿勢になっていたが、まだ走れると言っている気がした。

そして、今日
彼は、ついに立たなかった。
必死に前足をばたつかせたが、立つ事が出来ない。起きられる姿勢にささえても、力なく倒れてしまう。
寝そべったままの彼に水を与えると、
ひとくちだけだが、私の手の上の水を飲んだ。
彼の呼吸はつらそうだった。しゃっくりもしている。恐らく、もう心臓がもたないのだろう。しかし、私にはこれ以上何も出来なかった。
そして、彼を残し帰っていく私の姿を、彼は観ていただろう。



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