第174期 #1

新規ドキュメント

 覚えてる。覚えてるよ。市役所に行ったんだ。住民票を取りに。何で住民票が必要だったのかは覚えてないけど。そしたら受付のお嬢さんに小さい紙渡されて待ってろって言われてさ。柔らかいベンチに座って液晶に『046』って表示されるのを待ってたら、何だかうるさくて……隣に座ってるやつが鞄のチャックを無用に何回も往復させていて、チャックの具合がそんなに悪いのかと心配になったりして……そのあとそいつは席を立ったり座ったり、鞄を持ったり降ろしたりするもんだから、俺に気付いてほしいのかとか、ただちょっかいをかけたいだけなのかとか、もう一方の隣の奴と無言のコミュニケーションを交わしているのかとか、ちょっといろいろ考えてみたんだけども、何だか怖くて隣に目も顔も向けられないから、明確な解答を得られなくって、そしたら明確な解答が得られないままそいつは席を立って去ったよね。そのあと俺はやるせなくなって、しばらくの間どうでもいいそいつのことが頭から離れなかったよね。どうしようもないもん。どうしようもないもんだから、やるせなくってさ、帰ったあと日記にそいつのこと書いたよね。久しぶりに、半年か一年くらい、もっとかな。書いてるときは結構頻繁に書いてるつもりだったんだけど。書いたよね、そいつのこと。久しぶりに日記に。そしたらさ、最後に日記を書いたのは二ヶ月前だったんだよ。あれ、何だかすごく放置していたと思うんだけどね、感覚的には。日記の中では結構な時が流れてたと思うんだけどね。自分の中で感覚が変わっちゃったみたい。二ヶ月以前の自分は何だかなじみのない文体でさ、他人みたいだったよ。よく知りもしないチャック野郎のことなんか忘れて、そのことで頭がいっぱいになってさ、それで一日中悩んだのを覚えてる。



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