第173期 #9

ドリンク

 まだ残っているのに新しいグラスにドリンクを注ぐ。そのグラスを半分飲み干し、まだグラスにドリンクが残っているのに新しいグラスを取り出しドリンクを注ぐ。そうして、そうして、棚のグラスを全て使い、ドリンクを注いだグラスを次々と洗い、奇麗にふいて、奇麗に磨いて、そこに新しいドリンクを注ぐ。そのドリンクがまだ残っているのに先ほど洗って磨いたグラスに指紋がないことを確認して、新しいドリンクを再び注ぐ。そうして、そのグラスには口も付けずに先ほど洗ったグラスのひとつにドリンクを注ぎ入れる。最初に洗わなかったグラスを洗い、先ほど洗ったグラスと合わせて、全てのグラスを洗い終わったあと、口を付けなかったグラスとそのあとにドリンクを入れたグラスとを、これで一巡したんだと考えながら洗う。鼻歌も歌っていたのかも知れない。洗いながら、洗い終わったグラスにドリンクを注ぎ、そのグラスを眺めながら尚、グラスを洗い、最後に眺めたグラスをも洗う。一息ついて、ソファに腰をおろし、さぁ、ドリンクでもと、グラスに冷えたドリンクを注ぐ。それを半分も飲まないうちに新しいグラスを持ち出し、そこにドリンクを注ぐ。そのドリンクを半分も飲まないうちに新しいグラスを持ち出し、そこに新しいドリンクを注ぐ。最初のグラスを流しに置いて、それから新しいグラスを棚から取り出し、指紋がないことを確認してからドリンクを注いだ。
「自分だけは裏切らないとでも思っているの?」
「自分という私が自分自身を簡単に裏切ることもあるのよ」
「でも、自分を裏切るかは自分が決めることでしょ?」
「見て、月がとっても奇麗」
 窓の外。ひとりごちてグラスにドリンクを注ぐ。そのドリンクを飲み干して新しいグラスに新しいドリンクを注ぐ。そのドリンクを飲み干して新しいグラスにドリンクを注ぐ。冷蔵庫から缶ビールを取り出し半分ほど飲んでから新しいグラスに残りのビールを注ぐ。ドリンクとビールを交互に眺めながら、新しいグラスに新しいドリンクを注ぐ。三つのグラスを順番に飲み干していく。最初はドリンク、そうしてビール、最後はドリンク。それらのグラスを洗って、奇麗に磨いて棚に戻し、それとは別の新しいグラスを取り出し、そこにドリンクを注ぐ。そのドリンクを全部飲み干し、あらためてドリンクを注ぎ、そのドリンクも飲み干し、さらにドリンクを注ぐ。そのドリンクも飲み干し、そこでドリンクは全て尽きた。



Copyright © 2017 岩西 健治 / 編集: 短編