第172期 #5

朱花

少女が泣いていました。
小さな丘の上で膝を抱えて泣いていました。
彼女の後ろには一人の少年が立っています。彼は身の置き場がない様に小さく揺れながら、その頬に困ったような笑みを浮かべています。
「…本当に、行くの?」
少女が尋ねます。
少年は何も言いません。
「行くのね?」
再び少女が尋ねます。やがて少年も小さく答えました。
「…うん、いくよ。」
春風が吹いてきて、彼女の髪を柔らかく揺らしました。少年が近づいてきて、少女の肩を後ろから抱きました。
びくっ、と少女の肩が揺れます。
「僕だって行きたくない。」
少年はそれだけ呟くと、彼女の長い髪に、顔を埋めました。
丘から見渡せる飛行場からは、次々と物々しい機体が飛び立っていきます。
その様を見つめながら、少女は「一体いつ帰って来るの?」呟きました。
少年は黙って首を振りました。
「もうお別れなの?」
少女が顔を上げました。
「行っちゃヤダ…」
またもう一機、飛び立ちました。
昼の太陽は少しづつ傾き、機体は青い空に吸い込まれていきます。
少年が少女から離れました。少女は動きません。
ただ別れの辛さに唇を噛んで俯きながら、小さく震えていました。
少年は乱暴に目元を拭いました。
「僕はもう行かなくちゃ。…じゃあね、僕のリコ。」
少年は丘を降りました。手を振る少女に手を振り返して、歩き始めました。飛行場に向かって。必ず戻ってくると、口に出せなかった決意を胸に秘めて。
そんな小さな彼を見送る少女は、いつまでも、いつまでも手を振っていました。

やがて少女は知りました。
彼がもう二度と戻ってこない事。「お国のため」に散った事。
そして少女は、一輪の朱い小さな花になりました。



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